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「──腹が減っては戦はできぬ、だよ!」

 駅まで見送る!と付いてきてくれた七海ちゃんは急にそう言いだした。ファミレスを指差してきらきらした目をしている。
 確かに茶菓子をご馳走になったものの、ちゃんとした昼メシはまだ食ってない。彼女はお菓子だけじゃ足りなかったらしく、ご飯をご所望のようだ。
 いいねいいね、育ち盛りだ。

「日吉さんも行こ!」
「え、俺も?いいの?すごい部外者……」
「だからこそお礼したいの!あたしたちのこと信じて付いてきてくれたからっ」
「じゃあ……ご相伴に預かろうかな」
「やった!……えっ凪!?どこ行くのー!?」
「帰ります」
「えぇー!?」

 瀬川は駅へ向かおうとするが、彼女に袖やら裾やら腕やらを引っ張られて逃げられなくなっている。あからさまに嫌な顔をしている。
 理由はただ一つ。俺が参加しちゃったからでしょう。

「凪もお腹空いてるじゃん!」
「いいえ」
「分かるもん!……あー!また朝ごはん食べてない!」
「はい。でも問題ありません」
「……。いいのかなー?あそこのランチ、凪の大好きなハンバーグあるのになー?」
「……!いや、帰る」

 ハンバーグという単語にやや反応した瀬川はそれでも帰ろうとしている。
 なるほど、瀬川の大好物はハンバーグなのか。意外と子供らしい所あるなー、と思ったところに拳が飛んでくる。
 すぐ受け止めると拳の主は悔しそうな顔をしていた。

「誰がガキだって……!?」
「え」
「子供らしいとかなんとか言ったろ!」
「えっ?……あーっと、あれ?」

 思っていたことが口に出ていたみたいだ。いかんいかん。ますます関係悪化に繋がる。
 素直に謝ると舌打ちされる。腕を組んで明後日の方向を向いてしまった。変わりに七海ちゃんが謝ってきたけど、気にしないでーと返す。
 ぶっちゃけ瀬川に対してはこのクソガキ!と思ったが。
 なんやかんやそのファミレスへ行くことになり、今はメニューを見ている。
 俺から見て通路側に瀬川、窓側に七海ちゃんが座っている。
 それぞれ好きなものを頼んでから、ドリンクバーへ向かう。
 持ってきた飲み物を飲んでいると、七海ちゃんから話しかけられる。

「ねえねえ、日吉さん。あだ名とかってある?」
「あだな?うーん……生徒にはひよしんとか呼ばれるかな。友達からは呼び捨てが多いかも」
「じゃあ、あたしもひよしんって呼んでいい?」
「うん。いいよ。好きに呼んで」
「やったー!」

 彼女は少し吹っ切れたみたいで次々話題を振ってくれる。
 ドリンクバーのジュースをこの組み合わせで混ぜると美味しいとか、お化粧や洋服が好きだから将来はそういう仕事に就きたいとか、色々。
 トレンドにも詳しいみたいで、本当に今時の女子高生だ。
 実は、彩都にも男女問わず七海ちゃんみたいな子は多い。みんな、学校や塾に通って勉強に追われている。だからこそ、隙間時間でそういうことを楽しんでほしいなと常々思う。
 この間、瀬川はずっと床の一点を見ていた。
 趣味の話になると、急にスマホが振動した。断りを入れてから見てみると、Liteに彼女からのメッセージが来ていた。

【凪に色々聞いちゃって!あたしがフォローします!】
【いつの間にこれ打ってたの?】
【話してる間!】
【早くない?おじさんついていけない……】
【とりあえず!GO!】

 ちら、と見るとこっそりサムズアップしていた。信じるよ、七海ちゃん。
 よし、男日吉、頑張ります!

「ねえ、瀬川はさ、趣味とかあるの?」
「ない」
「普段は何してんの?」
「勉強」
「どっか出かけたりは?」
「どこも」
「今度三人で遊び行く?」
「無理」

 一貫して目を合わさない。
 七海ちゃんに進捗駄目です目線を送ると、ひとつ頷いてから瀬川の頬を両手で挟んだ。

「むっ……!?」
「凪、お話してる人の方見なきゃダメでしょ」
「うむむぅ……!」
「ひよしんは凪と仲良くなりたい、って思ってるだけだよ。ね?命令とかでやってるんじゃないよね?」
「……もちろん」
「ほらぁ。大丈夫だってー」

 俺は真面目に答えた。諸先生や校長の訴えがなくたって、きっと連れ戻そうとしていたはずだ。
 それは誰の命令でもなく、絶対、俺の意志で。

「じゃあ凪もちゃんと向き合わないと」
「んみゃ……!」

 瀬川からはなかなか出ないような擬音を聞いて、少し笑いそうになる。が、ちゃんと我慢する。真面目に、を徹底する。
 顔を正面に戻されてから少しだけこっちを見たが、すぐにそっぽを向かれてしまう。まあ、体が正面向いただけでもマシか。
 そのうち料理が運ばれてきて、七海ちゃんの元気な「いただきます!」から食事は始まった。
 彼女はオムライス、瀬川はハンバーグ、俺はチャーシュー麺にした。
 ファミレスにしては厚いチャーシューが乗っていてちょっと嬉しい。
 視界に入った瀬川の目は、気持ち輝いている気がする。お前、やっぱり腹減ってただろ。
 瀬川と七海ちゃんはお互いの料理を交換しあっている。
 それにしても、子供が美味しそうにご飯を食べている姿はなんでこう、ほっこりするんだろうなあ。

「……しょかん」
「うん?」

 ハンバーグを切っていた瀬川が、ぽつりと呟いた。

「……図書館、行ったり、する」

 さっきの会話の続きか。
 瀬川がハンバーグを見つめている最中に、成功した!と七海ちゃんとにっこりする。
 どこの図書館?と聞いてみると、柳緑だそうだ。ここいらの地域で一番大きく、本の量も多い。且つ、一般人でも入れるのはそこしかないらしい。
 結構な頻度で行っているようで、空いた時間はそこで過ごすことが多いんだとか。柳緑と言われて一つ思い出す。

「そういやあそこって……一般人も食堂も使えるんだったっけ」
「ふーん」
「今度行くとき使ってみたら?安くて美味いらしいよ」
「……勉強以外に時間割きたくないから、いい」
「……そっか、うん」
「……やっぱりさ、ご飯ってみんなで食べると美味しいよね!」
「そうだね。俺、結構一人飯多いから楽しいよ。誘ってくれてありがとう七海ちゃん」
「えへへー!」

 彼女は本当に気遣いが上手い。
 そのあと、瀬川は黙々と食事を続け、七海ちゃんが会話の主軸となり、ファミレスでのご飯会は無事終わった。

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・チャーシュー麺 ¥1,280
・オムライス(デミグラスソース) ¥1,200
・ハンバーグ定食 ¥1,150
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