「だからー!いい加減教えてよ園長せんせー!」

 とある一室に、七海ちゃんの声が響く。バンバン机を叩いて、目の前にいる園長に吠えている。
 それを見ている俺と瀬川は大きくため息をついていた。
 机の上には、DNA鑑定の結果が置いてある。彼女はずっとその書類のとある場所を指して「ほら!」と叫び飛び跳ねている。それを何も言わずに傍観する瀬川。
 ソファの上、二人に挟まれる第三者すぎな俺は相当気まずい。
 瀬川と七海ちゃんは、秘密裏にこの鑑定を行っていて、つい最近結果が出たとのこと。その結果を元にして、彼女が住む施設に行き色々と話を聞きたかったと。
 だけど、大人がいない場合詳しい話を聞けないかも?と考えた彼女は、兼村さんと九条さんに伝えたそうだ。でも、二人とも都合が付かなかった。
 あと、瀬川が二人と仲違い中らしく、気まずいことも原因だったみたい。
 それで回りに回って俺、日吉惣次郎が候補に挙がったらしい。兼村さん経由で話が来た時には、つい敬語を忘れてなんで?と返してしまった。
 七海ちゃん曰く「凪の担任の先生だから!」だって。いや、本当になんで?理由が簡単すぎやしないかね。
 確かに、瀬川について情報が欲しいとは常々考えてはいたけど、担任だからってそこまで踏み込んでいいものなのか?瀬川だけじゃなく、彼女の情報まで知ることになるのに。
 しかも瀬川は今日までそれを知らなかったようで、駅で三人合流したときに一瞬で不機嫌になっていた。
 七海ちゃんからの「当日、二人でカチこむぞ!」との言葉を信じ切っていたらしい。
 それはともかく、七海ちゃんの勢いは止まらない。園長はずっと困った顔をしている。

「だって!この結果見てよ!ね、凪!?」

 施設へ向かう途中で書類を見させて貰ったが、鑑定の結果は99.9%肉親であり、一卵性双生児であるとの結果だった。さっきから彼女が指しているのはそのパーセンテージだ。
 俺が予想した通り二人は双子だった。あの時は、何かの魔力に取り憑かれたかのように、皆、都市伝説を信じてしまっていたが、普通は双子だと考えるだろう。
 ただ、初対面だったこと、出自の違いから、思い込みが生じたんじゃないかな。集団ヒステリーってやつに少し似てるのかも。となると、結果を見た二人が思うことといえば。
 何故、七海ちゃんだけが施設に入り、瀬川を母親が連れて行ったのか。知りたがるのは当然のことだ。俺も気になる。

「あの……七海ちゃん、落ち着いて、ね?」
「あー!日吉さんまでー!」
「いやいや、おじさんはね、もうちょっと落ち着いたらどうかしらって思ってるだけ」

 やんわり口を出してみたけど、多感な時期、且つ、勝ち気な女の子なのでぷりぷりと怒ったままだ。
 正直、俺は女の子の扱いが上手いほうじゃない。困ったな、次はなんて声をかけようか、と考えていたところやっと瀬川が口を開いた。

「……園長先生。ぼくらの顔だけじゃなく、こちらをご覧になってもお話できない事情がお有りですか」

 室内はしんと静かになる。七海ちゃんも大人しくソファへと座った。
 至極まっとうな質問だった。パーセンテージで肉親だという結果が出て、生年月日も同じ彼らが双子なのは間違いない。
 その姿かたちと、鑑定結果の二つを提示しているのに渋るのは何かを隠しているんじゃないか、と部外者の俺も勘ぐってしまう。
 まだ少し早いとこぼす園長へ、七海ちゃんは不機嫌そうに言う。

「理由、教えてよ。だって……じゃなきゃ、これの意味なくなっちゃうじゃん。あたしは、双子だったねよかったね、で終わりじゃないと思う」
「……お言葉ですが、同意見です。何があったのかを知らないと、ぼくらは納得いきません」

 二人は真剣な顔をしている。俺が止める権限はない。
園長は少し悩んでから、ショックを受けないようにと強調してからようやく話し始めた。
 七海ちゃんが聞かされていた、赤ちゃんポストに入れられていた件は嘘で、本当は母親自ら預けに来た。下の名前は名も知らない看護師に付けてもらったらしい。憶測だが、その人も双子だからと気を利かせて響きが似ている名前にしたのでは、と園長は考えている。
 出生届も面倒だから勝手にやってくれと押し付けられたが、さすがに断った。けれど、連れの男に恫喝され、結局書類処理まで請け負ったらしい。届け出の期間は過ぎていたが、理由が特殊なためなんとかしてもらったのだとか。
 でも、困ってる子供のためならなんでもやれるからね、と園長は言った。

「……その、経緯……?は分かったけど、預けた理由はなんなの?ただ捨てられただけだったら、あたしそんなにショックじゃないよ?」

 七海ちゃんが聞くと、園長先生は暗い顔をする。
自身を落ち着けるように息をついてから、また説明を始めた。重い話になるからね、と前置きがあった。
 園長は母親へ尋ねた。なぜ、双子なのに娘の方だけ預けに来たのかと。息子はどこで育てるのか、育てられるのかと。
 母親は答えた。

『女は成長したら厄介だから。アタシの男を寝取るかもしれないじゃない。そんなの絶対嫌だから、いらないの』

 園長は唖然としたが、すぐそんな理由で!と母親を非難したが聞く耳を持たず去っていった。
 これが真実よ、と締め括って、園長は話さなくなってしまった。
 そろりと七海ちゃんを見てみる。顔色が悪い。

「……七海ちゃん、大丈夫?」
「……」
「七海ちゃん?」
「……いよ」
「うん?」
「そんな……そんな変な理由で!おかしいよ!」

 彼女はまた叫んだ。けれど、今度はぽろぽろと涙を流している。園長が宥めても溢れて止まらない。
 俺も何かフォローしたいと思っていた時、瀬川がぽつりと呟く。

「まあ、大方見当はついてた」
「……!?あたしはそんなこと……!」
「そうじゃなくて。肉親、醜美関係なく、生物学上女ならって考えなんだろ。姉妹で産まれたら二人とも施設暮らしだったろうさ。馬鹿馬鹿しい。どこに脳味噌付いてんだか。……園長先生、お忙しい中、お話ありがとうございました」

 礼をする瀬川についつられて頭を下げる。だけど、お前あまりにも冷静すぎやしないか?と思った。
 まるでGerberaにいる時のような……他人行儀な感じがした。
 そういえば、母親と過ごしているのは瀬川の方だよな。日中連絡がつかない、色々と濁すということはこの件も含まれているってことか。
 なんて考えていると、突然右脇腹に衝撃が来た。

「っぐえ……!」
「邪魔。席変われ」
「え、は、はい……」

 ソファの右端に追いやられた俺は脇腹を擦る。考えがバレたのか?いや、衰えたもんだ。気配も感じなければ耐性もない。
 あいてて、と唸る俺に園長は心配してくれる。大丈夫ですと言いながら左側を見ると七海ちゃんはまだ泣いていた。
 そりゃそうだ。母親の気持ち悪いエゴからきょうだいと離されて、そんな発言をされていたなんて知った日にゃ……俺なら探し出してぶん殴ってるよ。
 お茶菓子でも、と勧められて手を伸ばした次の瞬間、俺は衝撃的な物を目にした。
 なんと、瀬川が七海ちゃんを抱き寄せた。今まで聞いたことのない、まるで赤ちゃんをあやすような声で彼女に話しかけている。

「なーみ」
「っく……ひっく……」

 頭を撫でて、指で頬の涙を拭っている。
 色んな騒動があって忘れてたけど、瀬川は相当美形だ。故に七海ちゃんも同様。
 現在のシチュエーションだけに言えたもんじゃないが、ぶっちゃけめちゃくちゃ絵になる。22時から始まるドラマのワンシーンかなにか?と開いた口が塞がらない。

「泣くなよ」
「だって、だって、っ、うぅー……!」
「ったく」
「なぎ、なぎぃ……!」
「ハイハイ」

 あしらうような言葉を使ってるけど、声音は優しい。やっぱり元々こういう、優しい子なのか?それとも相手がきょうだいで女の子だから?
 いやでも、俺は姉と仲良くなかったし、同級生も女兄弟とは喧嘩しまくりだったしな。
 当てっこ、とかの話も加味して、双子ならではの不思議なパワーがあるのかもしれない。
 その後、無事泣き止んだ七海ちゃんはもぐもぐとお茶菓子を食べまくっていた。そうだよね、あれだけ泣いたらカロリー消費してるよな。「いっぱい食べて元気出す!」と意気込んでいる。
 帰り際、少しだけ他愛ない話をして、俺たちは施設を後にした。園長は瀬川へ、また遊びに来てねと伝えていた。俺たちは先に門から出たが、まだ少し話をしている。
 深々と礼をするその姿は、いつものあいつに見えなかった。