オレ、九条淳!Gerberaでバーテンダーをやってるイイ男☆
今日も今日とてとーっても忙しいんだけど、厨房の中の雰囲気は最悪。
どうしてかって?てっちゃんと凪のバトルが始まっているからさ。
発端は、てっちゃんが学校の話を凪に振ったこと。普段は別に、とか濁す凪に対して、てっちゃんはそうか、とだけしか言わない。お互いラインを越えないようにしている。
けど今日は違った。てっちゃんは詳細を話す旨を促した。拒否する凪を気にもせず、次々話題を振っていく。
凪の返事の仕方でどんどん怒りのボルテージが上がっていくのを俺は感じ取っていた。
マドラーを持つ手が少し汗ばんでくる。
「だからさあ、話したくないんだって」
「俺たちはただ理由が知りたいだけだ」
「何回言えば気が済むわけ?話したくないっつってんだよ」
てっちゃんは鉄鍋を振っているし、凪はフライヤーを弄っている。今ここで暴れられたら大惨事になりかねない。
火に油を注ぐ、が本当になっちゃうよ!他のキッチンの子らも萎縮しちゃってるじゃん馬鹿!
止められるとしたらオレしかいないもんだから、どう介入しようか悩んでいた。それでもオーダーは止まらない。ったく、なんでこんな忙しい時間にやるんだよう。
とにかく、変に刺激しないよう心がけて、いつも通り二人に接する。
「てっちゃーん、餃子、ハンバーグ1ずつー」
「凪、話せ。何があった」
「何もないって」
「そんなに信用ないか俺たちは」
「そういう問題じゃねえよ」
「次、デザート入るよー。プリン1、杏仁1ねー。あ、凪、たこ焼きよろー」
「昔はそんなんじゃなかっただろ。俺たちに言えないことなら、先生に話してみろ。あの人は去年のとは違う」
「あんたらグルなんだろ。話したら全部筒抜け。絶対嫌だね」
「凪……!」
厨房内はどんどんどんどん雰囲気激ワルになっていく。いい加減事務所でやってくんないかなあ……。淳ちゃん、忙しい時はいっつも帰りたいけどさ、今日は特に帰りたいわよ。
と思っていた時、事件は起きた。
「凪、俺たち……いや俺は、お前のことを息子みたいに思ってる」
「……」
「だから、ちゃんと学校へ行って勉強して欲しい」
「……なよ」
「体のことも心配だ。毎度クマは酷けりゃ、休憩中賄いも食わない。心身ともに健康でいて欲しい。シフトも辛けりゃいくらでも変える」
「うるせえ!父親面すんなよッ!」
凪のすぐ後ろは調理台だ。ちょうど盛り付け皿が用意してあってそこを思い切り蹴飛ばしたもんだから、皿の着地点は床なわけで。割れるは飛び散るわで大惨事。キッチンの子も、オーダー提供に来たホールの子も唖然としていた。そりゃしますよ。
近くの客には何かがすこーし届いていたらしいので、私九条淳は
仕方なくピエロに成ったのであります!
作ったカクテルを持って、わざわざホールで割りました!ちゃんちゃん!
「おおーっとと!いやあ、今日はよく割っちゃうなあ!今さっきのもオレで!お騒がせしちゃってすいませーん!」
オレが客席側にそう言うと、顔見知りは淳君頼むよー!だとか珍しいねー!だとか言って笑ってくれる。他のお客もちらと見ただけで特に気にせず食事に戻った。
それをさっと片付けて厨房に戻ったけど、まだギスギスしている。
オレもさすがに介入することにした。どうどう、と言いながら二人の間に割って入る。
「あのさ二人とも。気持ちは分かるけど仕事中だよ。お客さん待たせてる自覚あんの?」
「……」
「……」
「もし、ここの厨房がカウンター席に近くてさ、延々身内話聞かされて挙げ句皿の破片なんて飛んできたらどんな思いするよ。もうその客来ないよ。それに、ここにいる子たちにだって気持ちよく働いて貰いたいじゃん。見てみな?皆の手止まらせてんの誰よ」
「……悪かった。凪も、皆も」
「……おれ、帰るわ」
頭を下げるてっちゃんに凪は目を合わせなかった。もちろん、オレにも。
凪は三角巾とソムリエエプロンを外しながら平坦な声で言う。
「おれみたいなやつここにはいらないんだろ。帰る」
「おい、そんなこと誰も言ってないじゃん。凪もあやま」
「嫌だ、帰る。クビにでもなんでもしろよてんちょーさん!」
外し終えたそれをオレに押し付けて、凪はロッカールームの方へ向かっていく。てっちゃんはそれを追わずに、調理を再開した。
他の子たちは皿を拾おうとしていたが「オレに任せろい!」と言ってわざと箒やらを取りに走った。さっきホールの件で使ったから側にあったんだけどね。
纏まった用具諸々はロッカールームの方面にあるから、ついでに説得しよう。と思い向かった矢先、扉が開いて、凪が走り出てきた。何か勘付いたのかオレを避けようとするのでわざと壁になってやった。
蹴り出してきた足を叩いて落とす。さっきからどうしたって目が合わない。下を向いたままだ。
「どけよ」
「嫌だ」
「どけったら!」
「凪、オレは……っ痛たっ!」
振り回されたバッグにやられて、作戦は早くも大失敗に終わってしまった。ほっぺたが痛い。若干口の中が切れみたいで、血の味がした。
「邪魔すっからだよ!」と叫びながら凪は走り去る。裏口の扉が閉まる音が聞こえて、オレはため息をついた。収穫なしのまま厨房に戻る。
餃子を焼くてっちゃんがそこから目を離さずにオレへ凪は、と聞いてくる。帰っちゃったよーと答えながら皿をちりとりへ入れていく。
歯に問題はないみたいだけどほっぺたがズキズキ痛んできた。キッチンの子に袋と氷を用意してもらった。皿の撤収作業が終わったあと、ほっぺたを冷やす。これは明日絶対腫れてるやつです。
てっちゃんがちらっとオレを見る。眉間にシワが寄っていた。いつもよりくっきりと。
「……やられたのか」
「そ。あの激重バッグにダメージ食らいましたよん。いや、痛ってぇわあ。鈍器だよアレは」
喋り終えると厨房はしんと静まり返る。
いつもは何かしらの話題で盛り上がっているここは、今やお通夜状態だ。
各々の作業音だけが鳴る厨房で、オレはわざとらしくぼやいた。
「オレも昔から、凪の兄貴みたいになりてーって思ってますけど、あまりにも根掘り葉掘り聞きすぎた人がいたみたいですねー。ねえ店長、その人タイミング悪すぎだと思いません?」
「……本当にすまん。怪我までさせて」
「いやオレはいいんだけどねー。……ん?悠木ちゃん、どしたの?」
何気なく厨房の入口を見てみたら、そこには悠木ちゃんがいた。
何を質問するわけでもなく、話題を振るわけでもなく、ただぽつんとそこにいた。
下を向いて、ちょっと震えている。
「どしたん?何かわかんないことでもあった?どんどんインカム使ってもらってだいじょ……」
「うっ、うぅ……!」
「えっ!?悠木ちゃん!?」
声をかけた途端、彼女は突然泣き始めてしまった。
オレがオロオロしていると、てっちゃんがフライパンを持って近付いてくる。客に何かされたのかと思っているみたいだ。セクハラの件はてっちゃんも知っているからね。とにかく事情を聴かないことには何も始まらない。
血管がぶち切れそうになっているてっちゃんを抑えながら彼女に話しかける。
「悠木ちゃん、どうしたの?話してみ?」
「何かされたなら言ってみろ。俺がやっつけてきてやる」
「……が」
「うん?」
「なぎ、が」
「凪?帰る時に会ったの?」
彼女は首を横に振った。
「えっと、じゃあ……なんで泣いてるのかと、凪の名前が出てくるか教えてくれると淳ちゃんは助かりまーす!」
オレは出来るだけいつも通り、深刻な感じにならないよう聞いてみる。
すると、彼女は悲しそうに言った。
「凪がかなしいと……あたしもかなしい……」
てっちゃんとオレは顔を見合わせた。
さっきの近くで聞いてた?と言うと、彼女は知らないと答えた。確かにそうだ。あのとき誰もインカムを繋いでなかった。だからホール組はそこまで大騒ぎにならなかったわけだ。
だとすれば交信、しか方法はないけど、オレはまだそれを疑わしく思っている。でも、ドッキリとかするような子でもないし、きっと本当の話だろう。
だって、こんなに大泣きしてるんだから。
「ごめんなさい、嘘じゃないんです……!わかるんです、ほんとにっ……!」
「うん、別に変とか思ってないからね。他に何か分かることあるかな」
彼女はしばらくして、首を横に振った。
悠木ちゃんが言うには、面接の時みたいに、より距離が近ければ心の奥深くまで探ることが出来る。感じられたくないことは心の中でガードも出来るみたい。
この店内くらいの広さ、且つ、とても強い感情ならガードしきれないんだって。
だから、さっきのを目にしていなくても彼女には凪の感情が分かったらしい。
「詳しい理由とかって……うん、分かんないか」
言葉の途中でこくこくと頷いている。ごめんなさいを連呼しながら次から次へと涙があふれている。
これじゃあ仕事どころじゃない。そう感じたオレは、ホールの子たちに彼女が少し離れることを連絡した。冷蔵庫から飲み物を物色してから休憩室へ連れて行く。
ソファに座わらせて、一緒にジュースを飲む。うめー!とかこれ流行ってるよね!とか言ったりしてみた。
ウザかったかもしれないけど、無理にでも明るい雰囲気にしたかった。
落ち着いてきたところで、悠木ちゃんがぽつぽつと話出した。
凪とは双子なんじゃないかということ、DNA鑑定を送って結果待ちなんだということ、双子じゃなかったとしても仲良しでいようと約束したこと。
それからもバイト帰りはたくさん話すし、暇を見つけては遊びに出かけているらしい。
でも、と彼女は寂しそうに言う。
「大事なところまでは言ってくれない。学校のこととか、絶対に隠します」
「……うん」
「あと……よく“いていいのかな”とか口にするかな」
「えー?凪がいないと困るよー。特にGerberaなんかは」
「ほんとですよね。あたしもそう言ったんですけど……なんか……うーん……」
彼女ですら分からないなら、オレたちに分かるはずもない。お互い大きくため息をついた。
『おれみたいなやつここにはいらないんだろ』っていう、さっきの凪の言葉も引っかかる。
凪は一体何を隠してるんだろう──。
九条tips:朝はご飯派

