瀬川と別れ施設へ帰宅した悠木は、持たせてもらった賄いを食べながらぼんやりと考えていた。
 それは電車に乗ってからも、帰路を辿っていたときもずっと考えていたことだ。机の上に置いてある鏡を見て思う。

(あの人、きっと、あたしと目の色同じだなあ)

 瀬川の瞳を見た大多数は、カラーコンタクトを使用していると考えるだろう。けれど、彼女は違った。
 当てっこをしていたとき、瀬川の中身だけではなく、“瞳”も()ていた。透けて視えたのは自分と同じ栗色だった。たぶん、髪の色も同じだと思う。
──悠木の住む施設は世間で言う“赤ちゃんポスト”を設置している。
 中学に上がる頃、そこへ一人で置かれていた、とまで聞かされていた。小さな頃から勝ち気だった彼女は、詳細を強く求めたが、誰がどうしてここになどは未だに教えて貰えない。
 きっと、他に何か大きなものが隠されている。

(ほんとにドッペルゲンガー?とかいうやつなのかな)

 瀬川が語ったそれの特徴を思い出してみるが、どうも納得がいかない。
 あたしそんなんじゃないもん!とか、でもそうだったらどうしよう……などしばらくうんうん唸っていたが、まずは賄いを食べ切ることにした。
 腹が減ってはなんとやら。大切に食べなくちゃ!と悠木は箸を進める。
 人に作ってもらったものは残さず食べる。これが物心付いてからの信条だ。

「ん〜!店長さんのご飯、ほんとに美味しい!」

 ぱくぱくと口に入れていく悠木の心には、またアルバイト頑張ろう!という気合が生まれたのだった。

 帰宅した瀬川は、鞄諸々を所定の位置に置いてから、賄いを持ってキッチンへ向かう。片方を皿に分けとり、片方を冷凍庫に保存した。少食なため、たくさん持たされると余ってしまう。
 人に作ってもらったものは残さず食べる。これが幼い頃からの信条だ。
 部屋着に着替え、黙々と食べる。
 咀嚼しながら素数を数えたり、諸々暗記したものを思い浮かべる。
 ある時、食事の時間すら惜しいと気付いたからだ。それからずっと、頭の中は勉強関係でフル回転している。
 シャワーを浴びる前、ようやくカラーコンタクトを外す。
 鏡に映った素の瞳は、悠木と同じ栗色だった。

(あの子、おれの目の色まで視てた)

 そこまで視られたことは知っていた。だが、「その先はやめろ」と心で一線引くと去っていった。なんと「分かった」と返事までされて。
 咄嗟に試してみただけで理屈なんてない。だけれど色々と知られてしまったのに、不思議と不快感を抱かなかった。
 なぜあそこまで互いを理解できた?シャワーを浴びながらそう考えていたが、途中から馬鹿馬鹿しくなって頭をまた勉強モードに切り替えた。
 0時を超えてから朝方まで勉強し、少し仮眠を取ってからまた起床するのが彼のルーティンだ。特に今日は気合を入れて励んでいた。
 ふと時計を見ると、針は4時を指している。いけない、と忘れ物がないか確認してから目覚まし時計をセットした。ふう、と一息つくと布団へと寝転ぶ。

(あともうちょっとか。あー、楽しみ)

 彼の好物であるハンバーグよりも好きなものを食べに行けると思うと、今からワクワクしてくる。
 そのうちゆるりと瞼が降りてきて、いつもよりふわふわとした気分になれた。
 完全に瞼が落ちた一瞬、誰かの声が聞こえた気がした。







『わたしたちずっといっしょだよ』
『ぼくたちずっといっしょだよ』