《──瀬川先輩、悠木です。申し訳ないんですが、分からないところがあるので来て頂いてもいいですか?7卓にいます》
掃除を終えて、厨房に戻った瀬川のインカムへ応援要請が入った。すぐ行くと返事をして向かっていく背中を見ながら九条はニヤニヤしていた。
『──悠木ちゃん、次、凪も行かせなよ』
『えっ、でも先輩行きたくないって』
『何かの理由で呼んでやりな。キレられたら俺のせいって言っていいから』
『はあ……分かりました』
先程こんな経緯があったため、九条は二人を同時に並べたら、噂の先生がどんな反応をするのか楽しみで仕方ないのだった。大方、ブチ切れて戻って来る瀬川を想像するだけで頬が緩む。
薬を大釜で煮込む魔女よろしく、マドラーをグラスの中でくるくる回しながら、九条は呟いた。
「……ンフフ、どうなることやら……」
「──あらあ」
「うわあ」
「ちっ」
「なるほど、ドッペルゲンガーって言う理由がわかったわ」
応援要請に向かった先が日吉たちの席だと分かった途端、瀬川はあからさまに嫌な顔をした。加えて日吉がドッペルゲンガーなんて言葉を出すものだから、ますます怒りが湧いたらしく、紫色の瞳がキッ、と睨みつけてくる。
「やんのかコラ……!」
「いやあ、本当にそっくりだなあと思って。兼村さんに聞いて気になってたんだよね」
「……! まさかそれだけのために……!」
「ご、ごめんなさい先輩!実は……」
この状況に至る経緯を知った瀬川は、萎縮してしまった悠木をフォローしてから、再び日吉を睨みつける。
「ウザいからさっさと食って出てけ。……そちらのお客様はどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
「どうもね〜。なあ、お前嫌われすぎじゃない?この子に何したの?」
「いやなにも?」
「シンプル追っかけてくんのが嫌なんだよ!もう二度と俺に顔見せんなクソが!悠木さん、行こ。もうこの卓来なくていいから」
彼は、ごゆっくりー!と頭を下げる悠木を連れて去っていく。
その姿を見て何か既視感を覚えた。なんだったかな、と思ったが考えるのはやめた。
目の前の上手い酒、食べ物を楽しむのが先だ。だが、その疑問は酒井との会話で解決する。
とある日、酒井はファミリーレストランでチキン南蛮を食べた。その時乗っていたタルタルソースの美味しさが忘れられず、家で自作を試みた。最近はチューブタイプも売っているが、もっと卵がゴロゴロ入っているものを食べたかったそうだ。そうして、茹で卵作りから始めたわけだが、ちゃんと時間を計っても想定した固さにならず頭を悩ませているらしい。
日吉は、卵と同時に茹でるボール型のタイマーが売られていることを伝えた。色で判断出来るためこれは便利だと思った記憶がある。酒井は興味深そうにその話を聞いて後日買うと宣言した。スマートフォンのメモ帳に忘れないよう書き込んでいる。
そうだ、と日吉は話し出す。
「卵で思い出した。こないだ朝飯にさ、目玉焼き作ろうとしたんだよ。そしたら出てきた黄身が双子だったわけ」
「へ〜!ラッキーじゃん」
「だろ?些細なことだけどそういうのってなーんか嬉し、く……」
「……?惣次郎?そーじろー?そーじろーさーん?」
「……!」
ここで、点と点が繋がった。そういうことか。
というか、どうしてここまで誰もその可能性に気が付かなかったのかが不思議である。
興奮のあまり、日吉は酒井の肩を掴んで強く揺さぶる。
「分かった!謎が解けた!ありがとな太一!」
「おっ、うえっ、な、なにがさ〜」
「双子だよ!双子!」
「だから聞いたって〜。黄身がって話っしょ〜?」
「違う!ドッペルゲンガーなんかじゃねえ!」
「はあ?だからなんなのそれ」
「瀬川と悠木ちゃん、双子なんだ!」
【Q.E.D...??】

