「ああ、こいつの先輩さん?こいつさあ、別の客頼んだやつ持ってきたんだけど、どういう教え方してんの?」
「申し訳ございません。彼はまだ研修期間中でして」
「研修期間だったら間違えてもいいのかよ」
「はい。新人ですから分からないことだらけで大変だと思います。ですから、何も問題ございません」
「……は?話聞いてる?」
「ええ。お客様のように酔っぱらってはいないので、しっかり聞こえてますよ」

 はっきりと言いきった瀬川に客は「馬鹿にしてんのか!?」と机を叩いて喚き出すが、気にせず続ける。

「ああ、失礼致しました。人生の先輩からそんなお言葉を頂けるこの時間、とても勉強になっています」
「ああ?今更おべんちゃら使ったってなあ……!」
「褒めてはいません。反面教師として、です。こんな大人になってはいけないなあ、と強く感じますね」

 閉口した客へ、瀬川からの仕返し口撃(こうげき)は止まらない。

「誰だってケアレスミスはします、人間ですから。あ、分かりました。あなたの先輩方も、こうやってネチネチネチネチ叱りながら仕事を教えてくれたんですね。なるほど、刷り込み効果か。それなら納得です。社会人になってすぐその背中を見て育ったのなら、“こう”もなるでしょう」
「て、てめえ……!言わせておけば……!っていうかなんだお前!仕事中にカラコンなんて……!」
「今はその話関係ないですよね。うちのスタッフへ執拗に攻撃する客は追い出していいと店長から許可がおりています。代金は必要ありませんのでこのままお引き取り願えますか?」
「この野郎……!大体こいつが間違えなきゃこんな……!」
「勘違いしないで頂きたいんですが、お客様は神様ではございません。カスタマーハラスメントという言葉をご存知ですか?まさに現在のお客様のような存在のことを指すんですが。これ以上うちのスタッフに何かするようでしたら、私も出るとこ出ますよ」
「ああん!?やってみ……」

 リーダー格の男が瀬川の胸倉を掴もうとした時には、もう全身びしょ濡れだった。
 瀬川が容赦なく水を男へぶちまけたからである。口をパクパクさせ呆然とする男へ、瀬川は追い打ちをかける。

「おや、どうされました?お客様がうちのスタッフにやったことの仕返しをしたまでですが」 
「……!……!」
「残念ですが、お客様にはこちらの言葉が通じないようですね。では、お客様のご理解頂ける言語でお話させて頂きます。今までの流れをまとめますと……」

 一瞬、間が出来てから瀬川は大きく息を吸って吐き出した。
 
「うるせえからとっとと失せろっつってんだよ!クソ客がァ!」

 それを聞いた日吉は頭を抱えて椅子に腰掛けた。酒井からはぴゅうと口笛が鳴り、悠木はパチパチと拍手している。

「おま、おまえ」
「おい、今からうちのスタッフに土下座して謝罪しろ」
「しゃ、しゃざ……!?謝んのはそっちだろ!?客に水なっ、んぶっ……!?」
「失礼しましたー、お好みは酒でしたねー。これで満足かよ酔っ払い」

 今度は酒を顔面にぶちまけられ、とうとう掴みかかろうとした時、思い切り椅子を蹴飛ばされ、男は床に這いつくばった。グループ全体を睨みつける瀬川にとうとう全員が怯えだす。

「聞こえねえのか!?お前ら全員今すぐ出てけっつってんだよ!」
「こっ、こんな店もう来ねえからな!」
「こっちもお呼びじゃねえよ!二度と来んなクソ野郎共!」

 転んだりしながらバタバタと男たちは逃げていく。
口コミを荒らす旨をわざわざ伝えてきたが「負け犬の遠吠えまでありがとさん!」と瀬川は中指を立てた。
 そのあと、しんとした店内へ騒いだことを謝罪すると、常連らしい客達からは拍手が起きる。この店をよく知らない客はしばらく驚いていたが、何事もなかったかのようにまた談笑を始める。
 悠木が言うには、瀬川に救ってもらった客は結構いるらしい。その客がリピーターとなり、スタッフになりとやり方はともかくこの店には欠かせない存在のようだ。
 瀬川が悪く言われてしまうのでは、とかお店の評判が、などと謝るスタッフへ全て自分に押し付けるように言う。

「やったのはおれだから後は任せて。とりあえず、新しいもの持っていってくれるかな。淳か店長がこれ聞いてるっしょ。えーと……オムそばね。それひとつ。……はいはい、やり過ぎましたあスイマセン。……もう行って大丈夫だよ」

 やり過ぎ、という言葉からたぶん兼村からの注意が入ったのだろう。スタッフは少し気にしながらもお礼を言って戻っていく。瀬川は静かに掃除を始めた。
 一部始終を見届けた酒井は日吉の肩を叩く。

「いい子じゃ〜ん。口悪ぃけど」
「……まあ、そうね」
「……瀬川先輩、いっつも優しくって!だから、歳上の後輩も慕ってるんですって。今被害受けた人も大学生なんです」
「へー」
「瀬川先輩ほんとしごできで!なんでも出来ちゃ……ってそうだ!すみません!お料理すぐお持ちします!」

 悠木も急いで厨房へと戻っていく。頭を抱えたままの日吉は呟いた。

「ありゃ勝てねえな……」

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【Winner!! N!!】
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