──その後、帰還した途端泣きついてきた九条から一部始終を聞いた兼村は、信じ難い顔をした。足にまとわりついたままの九条を引きずりながらホールへ向かう。そこには、ちょうど制服のサイズ合わせをして戻ってきた悠木と瀬川が二人並んでいた。兼村は眉間にしわを寄せる。
「……俺は幻でも見てるのか?」
「ほら!ね!だから言ったじゃん!」
あの兼村でさえも動揺しているらしく、悠木の右隣を指してそっちは、と呟いた。指された相手はため息をつきながら答える。
「徹平さん、頭にかけるの冷水と熱湯どっちがいい?」
「……こっちが凪か」
兼村は顔に手を当てて、頭を振った。
瀬川が男性にしては小柄、悠木が女性にしては身長があるため、顔だけ見るとパッと見どちらなのかが分からない。見分けるとしたらくりっとした茶の瞳をした悠木、眠たそうな紫の瞳をした瀬川、と言ったところだろうか。他のスタッフも何が何だかという顔で困惑を隠せていない。
とりあえず、悠木には現在いるスタッフとの顔合わせ、諸々の貸与品を渡したりして、この日は帰宅してもらった。ついでにぐったりした九条を厨房へ放り込む。
それぞれ開店準備を再開し、しばらくしてから兼村が問う。
「凪、お前きょうだいいたのか」
「いや?一人っ子」
「……まさかドッペルゲンガー、とかいうやつか?」
「じゃあ、あともう一回見たらおれたち死ぬわ」
「滅多なこと言うな……」
瀬川はドッペルゲンガーの特徴について語る。
上述の通り、合計二回見た者は死に至る。また、彼らは周囲の人間と会話をしない。その他、ドアの開け閉めが出来たり、忽然と消える。消滅や会話以外当てはまる現象はあるけれど、あともう一つ、と瀬川は付け足した。
「本人に関係のある場所に出現する、ってのがあるけど、それが当てはまんのかっつーと微妙なラインだな」
「……お前と本当にきょうだいだったら、ってことか」
「そ。だって、店に来たのは今日が初めて。応募してきたからって関係がある、とまでは言い切れない」
花の形に切り抜いた人参を面取りしながら、冷静に語るものの、いつもより作業が雑、というかどこかぼんやりしている気がする。やはり、瀬川もあれだけそっくりの人間に出会ったことに動揺しているらしい。
ここで兼村は閃いた。アルバイトの履歴書には家族構成を書く欄はないため、確認のしようがないが、教師の日吉ならば家族構成を知っているはずだ。
後日連絡をしよう、と決めて兼村はソムリエエプロンの紐をぎゅ、と強く結ぶのだった。
「──そうですね、記入欄にはお母さんのお名前しか」
日吉は瀬川の願書を見ながら、そう兼村へ伝えた。
いつもより更に低いトーンで話す彼に日吉は首を傾げる。そのまま、兼村は“ドッペルゲンガー”の話を持ち出してきた。突然どうした?と首を傾げる日吉だが、ええ、と知っているように頷く。電話先の彼は大きなため息をついた。
《もしあいつらがきょうだいじゃなければ、俺はその説を信じる》
ん?と日吉はますます首を傾げる。なぜか相手が本物か疑ってしまい「兼村さんのお電話ですよね?」と口が滑った。電話越しから呆れたような唸り声が聞こえてくる。
《あのな……先生、俺だってオカルト信じるときくらいある》
「あはは、失礼しました。あんまりそういうの信じなさそうだったので」
《ただ……》
「?」
まだ信じ難い、といった風に兼村は言う。
二人は“交信”し合っていた!とかエスパーだ!テレパシーだ!とかなんとかと九条が騒いでいた。瞳と瞳を合わせれば、相手の思っていることが分かるらしい。初対面なのにお互いの知らないであろうことを当てっこしていたそうだ。ちなみに、兼村が帰ってくるまで九条相手にそれぞれが“交信”を試みたが、全く的中しなかったそうである。などと聞いた日吉はだんだんと混乱してくる。
「……それ本気です?」
《本気だ》
怪談だろうが幽霊だろうがかかってこい、くらいの兼村がここまで弱気に言うのだ。少し興味がわいてくる。
とにかく今度見に来てみろ、と口早に言われそのまま通話が途切れてしまった。
空いた時間が出来たらまた酒井でも誘って向かってみよう。そう思いながら願書を元の場所へと戻していると、五時間目の予鈴が鳴る。日吉は慌てて授業へと向かうのだった。
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