「え、ええと、悠木七海さん、で間違いないかな」
「はいっ」
“なぎ”、“なみ”と読みも似ていること、そして、顔がまるきり同じなことに九条は未だ動揺を隠せない。
二人きりでいると面接どころではないと思い、なんとなく隣に瀬川を置いているが、逆に悪手だったかもしれない。
だが、不思議なことに瀬川は大人しく隣に座っていた。普段なら一人でやれよ!などと悪態を付き逃げていくのだが、今日は助けを求めると二つ返事で引き受けてくれた。
悠木の志望職種がダイニングでのホールスタッフだったので、リーダーである瀬川も同席させている旨を伝え、同意を得る。その間、高校生同士はお互いをじっと見つめていた。
なんとも言えない雰囲気に、張り付いた喉を無理やり引っ剥がして質問を始めることにした。
悠木がこのGerberaを志望したのは、一人暮らしの資金を貯めるため。彼女は児童養護施設育ちで、高校卒業と同時に施設を出なければならないというしきたりがあるらしい。引っ越し費用等の負担はしてくれるが、生活の基盤まで面倒は見てくれない。なので、今から家賃などの資金を貯金したいという。また、学校との都合も良いし、上述のこともあり時給が魅力的だったため、応募してきたという。九条は特に問題ないな、と思いながら相槌を打つ。
「うんうん。OKです。ちなみに……前の職場は結構早めに退職してるけど、都合が合わなかったとかかな。一応質問しておきたくて。答えられる範囲でいいから聞いてもいい?」
「あ、はい。ええと……店長からのセクハラが酷くて」
「あら……ごめんね、嫌なこと聞いちゃったね」
「いえ、大丈夫です!悔しかったので引っ叩いてやりましたから!結局それが原因で実質クビになりまして……えへへ」
悠木は恥ずかしそうに笑っている。強い女の子だなあ、と九条は感心する。彼女くらいの元気があれば騒がしいこの店でもやっていける。
酒を扱う店のため、どうしても悪酔いする客はいる。スタッフたちにはそんな面倒な客に当たったらすぐ逃げろと伝えている。そうすれば、容赦なく客の頭へ冷水をぶっかける瀬川や、睨みを利かせた鬼の兼村がフライパン片手に出てくるため、大体の客はそれで黙るか勝手に出ていく。それでも食って掛かってくる客がいたら、兼村に外まで引きずられていき二度と来店することはない。それらを伝えると彼女は安心したようにホッと息をついていた。
他にも質問していったが、突出した問題もないため九条はうん、と一つ頷いた。
「じゃ、採用で」
「! ありがとうございます!」
「初出勤日は店長と決めて追々連絡するね。あと、何か質問とかあるかな?」
「えっと……。お仕事と関係ないことで申し訳ないんですけど……瀬川先輩にお聞きしたいことがあって」
「? おれ?」
悠木は少し黙ってから、瀬川の瞳をじっと見つめる。
「……今、あたし、頭の中に好きな食べ物思い浮かべてます。分かりますか?」
「……えーと、悠木さん……?」
質問ってそういう?と九条が困惑しながら、隣を見てみると、瀬川もまた悠木の瞳を見つめていた。口を挟む間もなく問いかけに返答があった。
「チョコパフェ」
「あっ!当たりです!先輩はハンバーグ好きですよね!」
「うん」
「……え?」
九条はまたもぽかんと口を開ける。パアッともっと明るくなった顔の悠木は続けた。
「じゃあ、好きな教科当てて貰っていいですか?」
「体育。へえ、化学苦手なんだ。おれとは真逆」
「そうですー!あたしには難しくってー」
「……誕生日一緒か。月末ってなんか嫌じゃない?」
「ねー、あれってなんでですかねー?」
「え?えっ?」
悠木だけでなく瀬川もまた彼女のことを分かっている。それだけではなく、基本、他人と一線置いている言動をするあの瀬川が完全に警戒を解いた話し方をしている。先程、共に驚いた様子を見ると、本当に初対面であるのは確実だった。事前に口裏合わせをしたやりとりとも思えない。
九条から疑いの眼で見られているのを気付いた悠木は最後に、と真面目な顔をした。九条がごくり、と生唾を飲んだあと、とんでもない質問を瀬川へ投げかけた。
「あたしの今日の下着の色分かりますか?」
「ちょっ!?悠木さんっ!?」
「赤」
「凪っ!?」
「わー!正解!」
「え、えぇ……!?」
「? 何してんの淳」
ソファからずり落ちていく九条は心の中で強く思った。
(てっちゃん早く帰ってきて!淳ちゃんの心は折れそうよ!)
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【クジョージュン.exeは動作を停止しました】
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