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『チュートリアル:仲間を増やそう』
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(アポは取ったものの……)

 とある日、日吉は再びGerberaに来ていた。春川曰く“デカい怖い人”に会いに来たのである。
 自分では見放したくせに、貰った名刺は律義に残していたらしい。そこには店長の名前と電話番号が書かれていた。受け取った日吉はすぐに彼へ連絡をして、アポイントメントを取ったのだった。
店長なら普段の瀬川のことも知っているはずだ。“第二回瀬川凪説得作戦”は決行された。
 裏口のインターホンを鳴らすと、すぐに返答があった。名乗り出ると、扉が開く。
 なるほどね、と日吉は心のなかで独り言つ。
聞いていた通り“デカい怖い人”が現れたからだ。
背丈は日吉より少し高く、目付きが鋭い。そしてなによりガタイが良かった。正直、殴られたら脳震盪でも起こしそうな風体だった。
ただ、日吉は過去に何度も同じような人間を見てきているのでさして怖がりもせず、自分の名刺を渡すのと同時に簡単な自己紹介をした。
詳しい話は事務所で、と案内され入室するとソファに座ることを促された。「失礼します」と一言付けて座る。すると、紅茶や茶請けまで次々に出てくるではないか。いたせり尽くせりの状況に申し訳なく思ってぺこぺこと頭を下げる。
 対面に店長、兼村が座わった。先にくだけた口調になってしまうことを謝罪されたが、気にしない旨を伝える。そうして、瀬川についての話が始まった。
春川から聞いただろうことを前提に、去年から今までに何があったのかを問うてみた。兼村は少し考えてから答える。

「いつの間にかああいう状態になっていてな、俺たちにも分からないことだらけだ」
「そうでしたか……。私としては、無理に戻そうとは考えていないんです。彼が自分の意志で登校出来るまで、しっかり対話をしたいと考えています」
「……先生は、去年の奴とは違うんだな」
「? と言いますと?」

 去年、春川は訪れたものの、来るように兼村が説得してほしいとの一点張りで、自分で何とかしようという気概は見られなかったようだ。つい「本当に何やってんだあいつ」と呟きそうになったのを一所懸命に飲み込んで、続ける。

「……少し私自身の話をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
「兼村さんは、浅川高校をご存知でしょうか」
「ああ。まあ……やんちゃが多いと聞いてる」
「私はそこで五年間勤務していました。やんちゃな生徒には慣れています。だから瀬川君の担任、及び、登校を促す役目を任命されたようです」
「それは……災難だったな」
「……校長はともかく、他の教師陣には黙っているんですが……私はOBなんです、浅川の」

 兼村は一瞬驚いたような顔をしたが、その後納得といった表情になった。
日吉はそのまま、自分の話を続けた。
 中学後半から相当にやんちゃしていて、浅川に入学する頃には暴走族までもを作り、そのリーダー──界隈用語でいう(ヘッド)をやっていたこと。
思春期だったこともあって、教師に反抗するのも夜中まで家に帰らないのも当たり前の生活だった。
 そんな折、自分を教師の道へ導いた恩師がいた。頭ごなしに叱るでもなく、変に介入もしてこない。
寧ろ自分たちに興味をもってくれて、色々教えてほしいというスタンスで日吉たちに接してきた。
 初めは正直うざったいと感じていた。だが、それが自分らのことをしっかりと考えてくれての行動だと理解した時、日吉の心に突然、こんな人になりたい!という思いが湧いてきた。
 夢なんて無かったのに。漠然と将来はフリーターなんかして過ごすんだろうなと考えていたのにだ。
 それからは心を入れ替えて大学受験に向けて勉強に打ち込んだ。暴走族は解散となったが、仲間は変わらず接してくれたし応援もあって、無事教職免許の取れるところへ入学できた。
 卒業式に恩師へ感謝の気持ちを述べた時、頑張ったな、と言われて自然と涙が出てきた。その過去を活かして日吉は今教師としてここにいるのだ。
 聞き終わった兼村は黙っている。

「あ、すみません。喋り過ぎましたね」
「いや……だからか」
「?」
「先生を見た時に、なんとなくそんな気がしてな。勘が当たった」
「あはは、隠してるつもりなんですけどね。あの、失礼ですが兼村さんももしかして……?」
 
 兼村はにや、と笑う。黙って紅茶を啜りながら頷いた。
 どうやら日吉と同じような環境でやんちゃしていたらしい。ただそれは他県での話で、高校卒業と共にこちらへ越してきた。それからは綺麗さっぱり辞めたそうだ。
 両親が昔から飲食店を経営していて、子供の頃から影響を受けていた彼は、そのまま料理人の道へ進んだ。そして色々な店で経験を積み、Gerberaを起ち上げたのだった。
 最初の頃は客もスタッフも集まらず頭を抱えたこともあったらしいが、後に九条と出会い二人三脚でここまでやってきたらしい。それから軌道に乗り、だんだん人員も集まってきて、今や人気店として名を馳せている。
 ちなみに両親はこちらでも経営を続けており、時たま客として様子を見に来るそうだ。来店した連絡をあとからしてくるので、直接見られた訳では無いが恥ずかしくて仕方がない、と兼村は悔しそうな顔をしている。
 日吉は親近感を抱きながら料理や店の感想と、もう一つだけ伝えた。

「親友がGerberaを気に入っていて、また何度か客として来てもいいでしょうか」
「……まあ、経営者側としては願ったり叶ったりだが。どうしてそんなことを?」
「瀬川君は私を警戒しています。もし兼村さんへ助けを求めたら、遠慮なく私達のところへ行かなくていいと言ってください」
「……」
「無理に干渉しない代わりに、客として還元しながら見守らせて頂きたいです。勉強に長けている彼をちゃんとした環境に戻してあげたい気持ちはあります。けど、元気なのが一番です。無理強いしても意味がないのは浅川で何度も経験してますので」

 へら、と笑ってみせたが、兼村は正反対に苦い顔をする。
 少し静寂が訪れて、流石に距離を縮めすぎたかも、と内心焦り始めた時、兼村が口を開いた。

「先生、共同戦線を張ろう」
「共同戦線、ですか?」
「凪をそっちに戻したいのは、俺たちもそうだ。ずっと凪を見てきた。あんな風体になっちまったが根底は変わってない。真面目で頑張り屋。勉強が大好きな普通の高校生なんだ」
「……」
「学校へ行くよう促してみる。方法は何でもいい。定期的に様子を見に来て欲しい。たぶん……逃げるだろうが、好きに追いかけてもらって構わない」

 よろしく頼む、と手を差し出された。日吉はその手をしっかり握り返した。こうして、“瀬川凪説得作戦”に一人仲間が増えたのだった。