弐の間には、大きな布団が一組敷いてあるだけでした。物語を持ってきてよいと言われたにも関わらず、本棚はありません。麗蘭さまは仕方なく入って突き当たりの壁沿いの床に並べるほかありませんでした。
 ひと通り荷物が片付くと、麗蘭さまは布団に横になりました。目をつぶると、まぶたにお母さまが映ります。今はもう会えないお父さまも。

 ーーお子は楽しみにございますが、麗蘭の健康と幸せが一番大事にございます。

 そうおっしゃる2人に抱きしめられました。

 「やっと会えましたね。」

 両腕に感じる力強い温もりで麗蘭さまは目を覚ましました。

 「皇子さま。」

 皇子さまは麗蘭さまの唇に人差し指を当て、もう一度麗蘭さまを抱きしめます。

 「声が聞こえると、まずいのだ。今宵は紫乃殿へお越しになる日であるからの。」

 夜がふけたのか部屋の中は何も見えません。ただ目の前に皇子さまの真っ白な肌と桜色の唇が見えるばかり。

 「それでは、何故(なにゆえ)私のところへ。」

 麗蘭さまは声を殺して、囁き声で皇子さまにお聞きになります。皇子さまは、もう一度麗蘭さまを抱きしめて、麗蘭さまの右耳に向かってこう囁くのでした。

 「会いたいから。それ以外に理由など要らぬであろう。」

 麗蘭さまはご自身の胸にあった手が苦しくなり、皇子さまと麗蘭さまの間から抜き、なんとなく皇子さまの脇腹にその手を添えるのでした。

 「そうかそうか! そちの気持ちも温かく受け取るぞよ。」

 「皇子さま…。」

 麗蘭さまはいくらも離れていない皇子さまの瞳を見て目を閉じました。唇に触れる、柔らかく温かい体験に、麗蘭さまも皇子さまを強く抱きよせます。

 「麗蘭さま…。」

 皇子さまは一度顔を離して麗蘭さまを呼ぶと、また強く強く抱きしめられました。また少し離れて、今度は抱きしめる腕を緩め、小さなお声で語りかけます。

 「麗蘭さま。我はそなたに御子を産んで欲しいのだ。そなたと御子と、慣例にとらわれぬ、物語あふれる世にしたいのだ。」

 麗蘭さまは小さくうなずき、目を閉じました。すべてを皇子さまに預けることになさったのです。