麗蘭は大きな風呂敷包みに隠れてしまうくらい、身を縮めて寝殿棟に参ります。どこまでも続く長い廊下に壱、弍、参と番号が書いた御簾(みす)がさげられていました。
 麗蘭がそれに見とれていると、後ろから、かかとを蹴られます。

 「ちょっとあんた、邪魔! ってか、あんた華蓮(かれん)の妹じゃん。なんちゃって女官がこんなところで何やってんの?」

 紫の着物をお召しのあの新女御、紫乃(しの)さまでございます。どうやら麗蘭の義理の姉華蓮(かれん)さまの幼なじみでいらっしゃるそうで。

 「なんで華蓮があんなボロ屋で、あんたが女御なわけ? フツー逆じゃない?」

 華蓮さまのお母さま、お義母さまのご実家は由緒ある明石家で、お兄さまの明石の中納言(あかしのちゅうなごん)さまが帝と直接お話しができるような、由緒あるお家柄。皇子さまの一目惚れで入内から登り詰めた麗蘭さまとは格が違うのです。

 「ま、うちのパパのほうが偉いけどね。」

 紫乃さまのお父さまは紫の大納言(むらさきのだいなごん)というお方で、ただの侍従の1人であるお父さまとも、明石の中納言とも比べようのない、高貴なお方でした。

 「では、『参』の間はもらうから。お産の『産』とかけて、お子を授かるには縁起が良いお部屋だと有名でね。御子(みこ)さまのお家柄はいい方が良いに決まってるでしょ?」

 有無を言わさず、紫乃さまに付いてきた若い女官たちは、小走りで参の間に紫乃さまのお着物たちを運び入れます。
 「壱」の間をのぞくと、既に李莉(りり)の女御さまがいらっしゃいます。麗蘭さまは「弐」の間に入るよりほかありませんでした。

 「あら『弐』の間選ぶの? お子は2人目は意味がないの、ご存知なくて? ま、下級侍従の娘なら無理ないわね。」

 フン。と鼻で笑うと紫乃さまは参の間の御簾を下げられました。
 ひとりどこまでも続く長い廊下に取り残された麗蘭さまは、床に置いていた物語の風呂敷包みを両手で抱きかかえ、弐の間の御簾をくぐられました。