「紫乃さま、紫乃さま!」

 この電撃的な人事もまた、瞬く間に宮中をかけめぐり、遠く離れた産屋のお二人にもすぐに伝わりました。人事のお触れ書きを見た紫乃さまはその場に倒れられてしまったのです。

 「パパが、みちのくなんて…。」

 白目をむいて、そればかりつぶやいておられます。
 無理もございません。みちのくの長官、と「長」が付くのでいいご身分かと思いきや、これは典型的な左遷なのです。大納言ともあろうお方で、しかも帝とは幼馴染の遊び仲間。こんなことが訪れようとは誰も思っていませんでした。
 帝が腕を落とされた、という話も宮中では誰もが知っています。それに紫の大納言さまが関わっているということも。紫乃さまのご出産に備えて控えている女官たちは皆口をつぐんでいます。「そりゃ、帝の腕落としたなら、仕方ないじゃん!」なんて口が裂けても言えません。

 「紫乃さま、大変ですね。」

 「はい。あちらでは言えませぬが、正直、これほどまで落ちぶれるとは思ってもいませんでした。」

 麗蘭さまは紫乃さまの隣の部屋で絶対安静の状態が続いています。お付きの女官もいますが、ほとんどが紫乃さまの慰めに駆り出され、麗蘭さまの元に残っているのは、この(うめ)だけでした。

 「お父さまのご身分でここまでのし上られたお方にございますものね。」

 「はい。完璧な後ろ盾を失った紫乃さまに残されたのは、残念なお人柄のみです。」

 「んんん?」

 「どうなさいました!?」

 ずっと寝ていた麗蘭さまが急に背中を丸めて苦しまれています。

 「腹が痛んだ気がするのですが、どこかに消えてしまいました。」

 梅は肩の力を抜いて安堵の表情を浮かべました。

 「ふう。よかったです。私1人の時に何かあったらと思うと。」

 「あ、イタタタタ…。」

 やはり、麗蘭さまは背中を丸めて苦しまれています。

 「こ、これは、陣痛というものでは…?」

 「イダアアアア!!!!」

 時を同じくして、紫乃さまのお部屋からも絶叫が聞こえてきました。紫乃さまのお部屋から女官が1人、走って出てきたので、梅が呼び止めました。

 「麗蘭さまも産気づかれたようにございます。医官さまをお呼びください!」