麗蘭さまは呉竹さまと、呉竹さまが呼んだ女御更衣女官たちによって奥の間に運ばれました。

 「呉竹さま、大袈裟では? 恥ずかしゅうございます。」

 「なにをおっしゃいます。こうなった以上、もう間違い無いでしょう。とにかく安静になさるのです。」

 雑魚寝の奥の間の真ん中に、寝殿のようにまっすぐ敷かれた布団でゆっくりと眠れる場所が準備されました。

 「医官さまをお連れしました!」

 「なんと、麗蘭さまであったか。」

 「はい医官さま、破水したのは麗蘭さまにございます。私のときもこのようでありました。」

 呉竹さまは麗蘭さまの枕元で、破水の様子やそれまで気になっていたことを事細かに説明しました。腹の調子が悪かったこと、眠気が激しかったこと、息があがりやすかったこと。それはそれは事細かに覚えておいででした。

 「ほうほう、やはりのぉ。」

 医官は呉竹さまの説明を聞きながら、検査の支度をしています。カバンの中から竹筒と試験紙を取り出しています。

 ボコん。

 麗蘭さまを取り囲む女御更衣女官たち全員がそれを目撃しました。何も音がしません。麗蘭さまの大きく膨らんだ腹のへそあたりで、人の足の形をした影が見えたのです。

 「検査する間でもございませぬな。麗蘭さま、ご懐妊にございまする。」

 「え、でも…、かようなこと、ございますのでしょうか?」

 寝殿でお調べを受け、ご懐妊ならずの診断を受けてから月のものは止まったままです。お調べの後、何度か機会はあろうとも止まっていてはご懐妊となるわけがございません。

 「私も不思議で仕方ありませぬが、ここは産まれてくる命を第一になさいましょう。」

 やや動揺が広がる中、医官は竹筒を取り出して麗蘭さまの腹に当てています。それが終わると巻尺を取り出して腹の大きさを測っています。

 「うーむ、間違いございませぬな。予定日は来月初めにございます。」

 「え? そんなに早うございますか?」

 医官は大きくうなずいて話を続けます。

 「しかし、もういつ出てきてもおかしくありませぬ。切迫早産、という状態にございます。」

 「やはり、私のときと…。」

 「さよう。」

 食い気味で聞いている呉竹さまの言葉を医官はそのように受け止めました。

 「いいですか、この際いつからご懐妊だったのか、とか、なぜ分からなかったのか、とか、なぜ切迫早産になっているのか、とかは厳禁です。とにかく安静に、しかもなるべく早う、宮中から出なくてはなりませぬ。」

 女御さまはご懐妊となると上の間で出産の時をお待ちしますが、出産はケガレのためそのまま出産することはできません。なのでそのときが近づくと宮中の外に用意してある産屋(うぶや)で出産の時を迎えなくてはならないのです。

 「みなさん、麗蘭さまを少しも動かさず産屋まで動かしていただけますね。」

 そこに集まっている女御更衣女官たちが一斉にうなずきました。そこに先ほどの侍従が走ってきました。

 「医官さま! 狩で帝が、帝が!!」

 医官はムクっと立ち上がり、荷物を広げたまま侍従のほうへ一歩二歩と近づきます。

 「さようか。では、あとは呉竹さま、頼みましたぞ。」

 「えい。」

 「今日はよく呼ばれる日であるのぉ。」

 医官は背中からそのようなお言葉を残し、奥の間を後にしました。