「医官さま、医官さま!」

 霜月の狩で帝、紫の大納言と山に来ていた医官のもとに侍従が馬に乗って走ってきました。

 「どうした、やっと狩がはじまるというのに。」

 「皇子さまの奥の間で急病人です! 病人、と言ってよいのかわかりませぬが、呉竹さまは『破水』ではないかと。」

 「呉竹さまのおっしゃいますには、そうであろうの。上の間ではなく奥の間で破水とは、不思議じゃのぉ。では、ここで失礼して。」

 医官は帝と大納言さまにお辞儀をして、侍従が走らせてきた馬にしがみついて、宮中に向かいました。

 「皇子さまの奥の間と言いますと、大納言殿の御息女も皇子さまの女御では?」

 「はい。紫乃さまはご懐妊中で、今は上の間にいらっしゃいます。」

 「ほう、そうにありましたの。そろそろ産まれそうでは?」

 「はい。待ち遠しゅうございます。」

 帝と大納言さまは医官の馬を見つめながらそんなことを話していらっしゃいます。

 「それにしても医官殿は馬と一体化して見えますな。」

 紫の大納言さまは、今日ばかりは茶色の袖を伸ばして手を目の上に当てて、医官の馬をどこまでも見つめています。

 「それは大納言殿が申すからにございます。『茶の服の方が鹿に驚かれなくてよい』と。ゆえに我もこうして。」

 帝も両手を広げて濃い紫に暗い金色で模様が入っている、遠くから見れば茶色にしか見えない着物を見せていらっしゃいます。

 「そうでありました。ではでは、先に狩ったほうが勝ちといたしますか。」

 大納言さまはそう言ってパチンと手を叩きました。

 「そうしましょう、そうしましょう。負けたほうがおやつのもみじ饅頭を奢るのです。」

 帝もそう言って手を叩き、大納言と背中合わせになってそのまま2人は反対方向に進んで行かれました。

 「お、あれは。」

 しばらく進むと大納言さまは左手に茶色の影を見つけました。大納言さまは背負っていた狩の道具を草の上に置いて、弓矢を準備しました。

 「帝さま、もみじ饅頭はいただきますぞい。えい!」

 「ぎゃぁ!!!」