時は流れ、霜月、11月とあいなりました。
 麗蘭さまは水無月のお調べで奥の間に下がられてからずっと奥の間奉公をされています。大好きで大切な物語に触れられぬまま、時間だけが過ぎていきます。

 「麗蘭さま、今日は雑巾掛けにございます。早う、早う!」

 「は、はぁい。ひぃ、ふぅ。」

 今日も呉竹さまが麗蘭さまを呼びに来ました。奥の間奉公はある意味女官の日々よりも過酷です。すべては「皇子さまのため」のもと、あらゆる雑用をこなします。

 「麗蘭さま、今日も頑張っておられますな。」

 「皇子さま、ありがとうございます。」

 麗蘭さまはあくびを噛み殺してなんとかお答えしました。こうやって時たま訪れる皇子さまとの関わりを持つことで、また寝殿に呼ばれる時を伺うのです。

 「さ、麗蘭さま、早う!」

 「はぁい!」

 ややあくびを漏らしながら麗蘭さまは呉竹さまのもとに向かいます。

 「いいですか、ここは恥ずかしがってはいられませぬ。脚をこう開いて、ガーッと行くのです。」

 「ガーッと、にございますね。」

 呉竹さまのご指導のもと、麗蘭さまは綺麗にそろえていた足を扇のようにクッと広げられました。

 「よろしゅうございます。では、寒さもこたえますゆえ、一気に行きますぞ。それ!」

 「やぁー!」

 呉竹さまに続いて、麗蘭さまも雑巾掛けをなさいます。呉竹さまのスピードがものすごく速いのか、麗蘭さまのスピードが遅すぎるのか、2人の距離は広がるばかりです。

 「麗蘭さまはなぜかように遅うございますのだ? 腹の具合はよくなったとおっしゃいますに。」

 「はい。お腹の調子は良くなったのですが、今度は身体が重く、腹も出てきてしまいまして。」

 麗蘭さまが帯に触れると、普通なら少しへこむはずが、緩めにしめた帯がちっともへこみませんでした。

 「どれどれ、失礼してもよろしいか?」

 麗蘭さまがうなずいたのを確認すると、呉竹さまは雑巾を床に落として、麗蘭さまのお腹にそっと手を触れました。触れた瞬間、呉竹さまの眉にシワが何本もできました。

 「麗蘭さま、月のものは?」

 「もうしばらく来ておりませぬ。寝殿仕えをしてからずっと。」

 「お調べは?」

 「3回ともダメでした。だからこうして居ますのに。」

 麗蘭さまは眉をひそめて呉竹さまから目をそらします。

 「悪かった。ただ、もしかしてと思うての。」

 「医官さまがそうおっしゃいましたから。あとは奉公して、また呼ばれるのを待つのみです。」

 ずっと顔をしかめている呉竹さまとは対照的に、心からの笑みを見せた麗蘭さまは折り返しの雑巾掛けを始めました。

 「あ、ああ。なんのこれしき。」

 少し進むと麗蘭さまはお腹を押さえて少し留まりました。

 「はぁぁあ! 誰か、誰か!!」

 呉竹さまは血相を変えて人をお呼びになっています。呉竹さまの視線の先には、麗蘭さまの雑巾掛けしたところに水たまりができているのが見えていたのです。