明くる日、麗蘭さまの3回目のお調べがありました。麗蘭さまは弍の間に持ってきていた物語を風呂敷にまとめて、検査にやってくる松子を待っていました。

 「麗蘭、じゃなかった、麗蘭さま、どうしたの?」

 「もう、ここには居られませぬに。」

 「そんな、お調べはまだじゃない。気を落とさないで。」

 「ううん。わかるの。だって来ておりませぬゆえ。」

 麗蘭さまの月のものはずっと来ていないままでした。

 「それは、いい兆候かもしれないじゃない。御子さまがいらっしゃる間は止まるって言うし。」

 「もうずっとにございます。ここに来てからずっと。一度奥に下がって、また来られる日があれば…。」

 「そんな、悲しいこと言わないで!」

 麗蘭さまは物語を包んだ風呂敷包みを見つめながら、淡々と検査を受けました。

 「麗蘭さま、残念ながら…。」

 医官が静かにそういうと、麗蘭さまは静かにうなずいて、それから深々と礼をしました。

 「今までありがとうございました。」

 「そんな、お気を落とさず。ほら、この前、お父上と一緒に釣りをしたのですが、鈴の饗はいつも逃してしまっていて。それが移ったのかも知れませぬな。」

 (『お父さまのせい』だなんて、そんなこと、言えませぬ。)

 麗蘭さまは湧き上がる涙を目からこぼさないように、浅めのお辞儀をして、医官よりも先に弍の間を出ました。

 廊下に控えていた吉良は、うつむいた麗蘭さまを見るとそっと背中に手をあて、手を離さぬまま奥の間にご案内しました。
 奥の間は平たくいうと、女御さま方の雑魚寝部屋です。それぞれ決まったスペースはなく、積んである布団を自分で持ってきて、好きなところに敷いて寝るのです。

 「麗蘭さま、これは…。」

 「これは、私にとっては大切な、大切な、物語にございます。」

 「されども、ここは奥の間にございますゆえ…。」

 先に奥の間に入っていた年上と思しき女御さまが、風呂敷包を見て、眉をひそめていらっしゃいます。

 「では、お父さまの鈴の饗の部屋に預かってもらいましょう。」

 廊下から皇子さまの声がします。

 「皇子さま、そういうつもりでは。」

 例の女御さまはバツが悪そうに口を尖らせて皇子さまにたたみかけます。

 「そちの言うことも、わからなくはない。ただ、これは麗蘭さまと我との、宮中に入る時からの約束ゆえ、手放すことは我が許せぬ。よかろうか、麗蘭さま。」

 赤い目のまま麗蘭さまはコクリとうなずきました。麗蘭さまの風呂敷包はそばで様子を伺っていた吉良が責任を持ってお父さまの部屋に運ぶことになりました。

 「麗蘭さま、よね?」

 一件が過ぎると、見覚えのある桃色の着物をお召しの女御さまが、麗蘭さまに話しかけてきました。

 「李莉さま?」

 李莉さまはにこりと微笑んでうなずきました。

 「随分と皇子さまと仲がよろしいのね。」

 「ええ、歌会で知り合ってそこから入内させていただきましたので。」

 「いいなぁ。」

 李莉さまはあさっての方を見つめて漏らします。

 「なぜ?」

 李莉さまはご懐妊には至らなかったものの、皇子さまの最初の女御さまという称号を手に入れていらっしゃるお方。この後も必ず寝殿仕えをする機会が必ず与えられることが約束されているご身分は、麗蘭さまにとってはうらやましい限りでした。

 「心でつながっているじゃない。」

 「心…。」

 「私はおじいちゃんが大臣だから入内させてもらって、寝殿にも一番に入れてもらえて。でも、進めば進むほど、『ここに居るのは私なのかな』って思っちゃうこと、あるんだ。」

 麗蘭さまにはうらやまし過ぎる悩みで、なかなかわかってあげられませんが、なんとか頷いて、李莉さまの心に寄り添う努力をなさっています。

 「ねえ、これ、一緒に飲みません? 女官の友達にもらって、毎日飲んでますの。」

 「あら、ありがとう。これ、ヨモギ茶ね。」

 李莉さまに給湯所に案内してもらい、薄緑色のお茶を淹れて、2人で飲みました。温かいお茶は2人の心を自然のままにほぐしてくれるようです。

 「何をおくつろぎなのだ。」

 その緑色のお着物をお召しの呉竹さまが、奥の間までやってきました。

 「く、呉竹さま…。」

 「麗蘭さま、奥の間に来たらやっと思う通りお稽古ができますね。さ、今日はお茶にしますよ。抹茶! いざ、茶室へ。」

 薄緑色のお茶は李莉さまに託し、麗蘭さまは呉竹さまに連れられてお茶のお稽古のため、茶室に行くことになりました。