大木の隙間から漏れる月明かりを頼りに、向かう行き先は山の中腹にある洞窟だ。そこならば雨露をしのげるし、枝を拾って焚き火ができる。
途中ウォーンというオオカミの遠吠えが響く。
初めてこの声を聞いたときは恐怖で足がすくんだものだ。
山にはオオカミだけじゃなく野獣がたくさんいて人を襲ってくる。叔父も叔母もそれを承知で翠子を山に追い出す。
初めて山に追い出されたのは二年前。それまではお客様が来ても蔵の中に押し込められるだけで済んだ。なにが気に入らないのか、どんなに虐げても耐え続ける翠子に業を煮やしたのか、叔父はある夜『山にでも行け』と言い放った。
叔母は笑いながら『山には洞窟があるらしいよ』と言った。清流もあるし木の実もあるから、なにも心配ないと。
そこで野獣に襲われて死んでおいでと言われた気がした。
すべてをあきらめて入った夜の裏山で初めてオオカミに出逢ったとき、襲うならどうぞひと思いに襲ってくれとさえ思ったものだ。しかしあれから二年。幾度となく山に追い出されているというのに、野獣に襲われることもなく幸か不幸か生き長らえている。
だからといって今夜も無事である保証などあるはずもなく、いつ命を落とすかわからない。
(こんな生活いつまで続くのかしら)
翠子は柊木伯爵家の一人娘として大切に育てられた。
両親は翠子が十歳のときに馬車ごと渓谷に落ちてしまうという事故で亡くなり、悲しみに暮れる翠子に手を差し伸べたのは現柊木伯爵である、翠子の叔父だった。
『翠子、見てご覧』
叔父が翠子に見せたのは大量の借用書。
『この通りお前の父は多額の借金を残した。だがしかし安心するといい、俺がすべて清算しよう』
『ありがとう叔父さん』
『こらこら、違うだろう? "ありがとうございます、叔父様"だ』



