火鉢の上から鉄瓶を取り、大きめの急須にお湯を注ぎ入れると、苦味と清涼感のある薬膳の香りが竜胆の鼻を突いた。
しばらくそのまま急須を放置し、成分が十分に染み出るのを待つ。
ここは月夜野邸の奥座敷。
竜胆の父、月夜野公爵が休んでいる部屋は静かだった。
真冬ゆえに吐き出し窓は閉められたままで、先ほどまでしとしとと立てていた雨音が今は聞こえない。雪に変わったかもしれなかった。
竜胆は正座を崩さず瞼を閉じる。
瞼の裏に柊木伯爵の姑息な表情が浮かんだ。
『もしや、それは翠子ではなく我が娘の愛香では?』
あの男がおとなしく話を受け入れるとは思わなかったが、嘘をついでまで自分の娘を勧めてくるとは。嫌悪感を通り越して。期待を裏切らないクズぶりに呆れるばかりだ。
柊木伯爵家の裏山は、若い娘が足を踏み入れるような穏やかな山ではない。もちろん愛香などは、一度も入ったことなどないだろう。
良くも悪くも翠子が特別なのである。
竜胆が翠子と出会ったのはまだ夜は涼しい初夏だった――。



