ようやく背中から下駄が離れ、完全に足音が遠ざかるのを待って翠子はそっと上半身を起こした。涙を拭って落ちた薪を拾い始めたものの、薪についた泥は乾くのを待って払うべきか。こらくらいなら大丈夫かと、力なく迷う。
 誰かに相談しようにも、女中たちは皆関わり合いたくないとばかりに背中を向けたままである。その中で、ふと目が合ったのは女中頭だった。

「薪はそのままでいいから早くお行きよ。まったく、こっちまで怒られるんだから迷惑な話だよ」

「は、はい。すみません」

 顔をしかめた女中頭に急かされて、翠子は勝手口から再び外へ出た。

 ガラガラと音を立てて扉を閉めると、途端に闇に包まれる。
 光を求めて見上げた空には、星の川が悲しいほど美しく、輝きを放っていた。

 しかし、落ち着いて星を見つめる余裕は彼女にはない。真冬の夜は身を切るように冷たく、細い身体を刺すように襲ってくる。薄いボロな着物一枚では到底しのげるはずもなく翠子は自分を抱えるようにしてぶるぶると震えた。

 前回追い出されたときはまだ秋だったから寒くはあってもまだ耐えられた。
 厚みのある蓑でもあれば違っただろうに、翠子用の蓑はない。せめて衣を重ね着しようにも、人目に付かずに部屋に入るのは無理だ。見つかればどんなお仕置きをされるか考えただけでも恐ろしく、裾が縛ってある山袴を履いているのがせめてもの救いだとあきらめた。

 前を向けば、闇に慣れた目にこんもりとした裏山が黒く浮かび上がってくる。
 煌めく星空の下にひっそりと佇む暗黒が、早くおいでとぽっかりと口を開けているようだった。

「はぁ……」
 かじかむ手を息で温めて、とぼとぼと山に向かって歩き出す。

 ふいに「待って」と声がした。
 振り返ると女中のしずくがいて、白い息を吐きながら走ってくる。

「しずく? どうしたの?」

「さあこれを」

 しずくは翠子と同じ十七歳で、人目を忍んではいつも翠子に優しくしてくれる。彼女が差し出したのは蓑だった。

「ありがとうしずく。でも」

 伯爵夫人に見つかったらしずくが罰せられてしまう。この前も翠子の巻き添えになり、丸一日食事を抜かれたばかりだ。