「薪が足りないわよ! 何をやってるの!」
「もうしわけありません。今持ってきます」
年増の女中に怒鳴られた翠子は、急いで外の薪小屋に向かう。今夜は一段と寒い。薪がまた足りなくなっては困るので持てるだけ沢山持ったはいいが。
「あっ」
焦る気持ちに凍える体が追いつかず、足がもつれて倒れてしまった。
溶けた雪が泥となり衣を汚したけれど、気にする時間はない。歯を食いしばって立ち上がり、拾った薪を持ってひとまず台所へと急ぐ。
お風呂場にも持って行かなければならない。土間で薪を分けて半分を持って向かおうとしたところだった。
「お持ち」
ハッとして顔を上げた彼女の視線の先には、ここ柊木伯爵家の夫人と一人娘の愛香がいる。
「まだこんなところにいたの! さっさと山へお行き」
怒鳴りつけてくる夫人の横で愛香がアハハと笑う。
「汚い着物。ほんとーに何をやってもグズね。なにそれ! そんな汚れた薪じゃ使い物にならないじゃない!」
言われて気がついた。愛香が言う通り薪にはべったりと泥がついてしまっている。
「申し訳ありません……」
愛香は戸惑う翠子を睨みつけ、勢いよく土間まで下りて来ると翠子の肩を力任せに押した。
あっという間もない。よろけた翠子の手から崩れ落ちた薪は、ごろりと転がっていく。
「それが謝る態度なの?!」
再び愛香に押されて床に倒れた翠子は、慌てて正座をし頭を下げたけれど――。
(うっ……)
ぐいぐいと背中を押してくるのは愛香の足だ。
「下げたりないのよ、のろま! ほら、もっと!」
下駄は硬い。捻じるように押されて痛さのあまり涙が瞳から溢れ、零れ落ちた雫が床についた両手を伝っていく。
「醜い虫めが!」
「愛香、その辺にして行きましょう。お客様がもうそろそろお見えになるわ」
「はーい」



