立ち上がった叔父に思い切り横殴りにされ、蹴られ、気を失いかけたときに「あなた」と叔母の声がして暴力は止まった。

「傷物にしたら、男爵様に会わせられませんよ? その辺になさいまし」

「ああ、そうだな」

 苦しさのあまり息もできない翠子に叔父は「虫けらめが」吐き捨てた。

「お前が十八になって、もし立て替えた借金が返し終わったらと言ったのを忘れたか。借金はな、お前には一生かかって働いても返せない金額なんだよ」

「な、ならば……借用書を」

 翠子は台所の仕事をしながら、密かに伝票を読む勉強をした。子どものころならいざ知らず、今ならば借用書が本物なのか見抜けるはずだ。

「お願いです。見せてください」

「ええい、まだ言うか!」

「うっ……」



 再び殴られた翠子が目を覚ましたのは、外の馬小屋の中だった――。

「大丈夫ですか?」

 しずくが泣きながらお湯の入った湯飲みを差し出してくれた。

「ありがとう、しずく……」

 気を失った翠子は女中たちに抱えられてここに連れてこられたという。

「こんなときまでお礼なんかいらないです」

「でも、うれしいから」