「この笛はあやかしにしか聞こえない。なにかあればこの笛を思い切り吹くんだ。さすれはこの山にいる烏天狗たちがお前のもとに駆けつける。この狐もな」

 銀狐はニヤリと舌なめずりをする。

「酒さえくれればなんだってしてあげるさ」

「本当にお酒が好きなのね」

 あははと笑いながら思う。
 翠子は隠された存在なので邸から外に出たことはない。邸とこの山しか知らないのに、どうやって生きていけばいのか。
 いざとなれば出て行くとやけっぱちのように思っても、次の瞬間には不安が襲ってくる。

 希望と絶望が交互に現れて、見えない未来に押しつぶされそうになるけれど、ひとりじゃないと思える幸せだけは実感できた。辛い邸の生活でもしずくの優しさに励まされ、追いやられた闇の中で見つけた大切な友だちもいる。河童に銀狐。そしてリンが。
 そう思うだけでも悲しみが和らいで、翠子の口もとには微笑みが生まれる。

「ねえリン、龍の印の女の子は相変わらず手がかりもないの?」

「いや、ないわけではないんだが」

 リンは言葉を濁す。もしかしたらなにかわかっているのかもしれない。

「そう……」
 翠子は視線を落とした。

 リンがその女の子の話をするときは表情が変わる。今もそうだ。隠しきれないなにかが溢れ出す。

 その子にどんな用事があるのか彼は言わないが、会いたいと切に願っているのが伝わってくるのだ。

 あるとき銀狐が『その娘を嫁にするつもりなんだよ』と教えてくれた。