川村先輩の卒業式が終わった。
すでにクラスメイトとは別れの挨拶をしたらしく、先輩は寄せ書きでほとんど埋められた卒業アルバムと筒を持ってやって来た。
「岩井くんと一ノ瀬も書いてよ」
「どこに書くんですか?」
「あるでしょ、一番後ろのページとか。ほら」
開かれたページに、岩井が油性ペンですぐさま書き始めた。残りのスペースはあと二人分くらい。
なにを書くんだろうと見守っていたら、『一ノ瀬は俺のです』という大きな文字が見えてぎょっとする。
「お、おい、なに書いてんの!?」
「ええやん。これくらい」
怒られても当然なのに、先輩はそれを見て穏やかに笑った。
「岩井くん、ここに書かなくても分かってるよ」
「……大人の余裕ってやつですか?」
「はあ。遼のそういうところ、本当に子どもっぽいよな」
「そ、そんなことないし」
呆れて溜め息も出ない。
油性ペンを受け取って、岩井に至近距離で監視されながらメッセージを書いた。
内容は至ってありきたりなもの。会えなくなるのは寂しいけど、大学でも楽しく過ごしてください。伝えるのはそれだけで充分だと思った。
「じゃあ先輩……また」
「うん。一ノ瀬も岩井くんも元気で」
「……また会うん? 二人で?」
「すみません。こいつあとで怒っておきます」
「あははっ、いいよ。なにかあったら相談乗るから言ってね」
「はい!」
先輩が去ったあと、岩井はサッカー部の先輩にも挨拶をしに行った。全部が終わって帰る頃には、すっかり夕方になっていた。それでも自転車は乗らない。今日は久々に岩井と一緒に帰れる日だから。
隣に並んで自転車を押しながら、夕陽色に染まった岩井の頭を見る。
成長が早いようで、たった半年で身長が数センチは伸びたらしい。「これで大人に近づいた」と喜んでいた。けど、中身はまだまだ変わる様子がない。
「先輩の卒アルにあんなこと書いたらダメじゃん」
「でも彼女ともし別れたら、一ノ瀬に気が移るかも分からん。書くだけタダやし」
「先輩が俺を好きになるわけないだろ」
「いいや、それは分からん。なあ……もう先輩に未練ないって言っとったけど、ほんまに一ミリもないん?」
「まだ嫉妬してんの?」
「そりゃあ……」
「未練ない」
「ぜんぜん?」
「全然」
「これっぽっちも?」
「……しつこい」
冗談かと思ったが、眼差しは真剣そのもの。
この数ヶ月でたくさん気持ちを伝えてきたのに、まだまだ不安は消えないらしい。
「俺さ、お前が思ってる以上に遼のこと好きだよ。もし先輩に告白されても断るし」
「ま、まじですか」
「うん」
「それって先輩よりも俺のほうが好きってこと?」
「だから……うん、まあ……そう」
恥ずかしいからあまり言わせないでほしい。
熱くなった頬を隠すために俯いたら、そっと指で顎を掬われた。
「今めっちゃ可愛い顔しとる」
「やめろよ」
「キスしたい……」
「……やめろよ?」
手を振り払ったら本気で悲しそうな顔をされた。
──来月、新学期が始まる。クラスが離れてしまったらこの関係はどうなるのだろうという不安は少なからずある。
三年生になったら夏で部活も引退だし、受験も始まって会える時間が減るのは目に見えている。
「あのさ、クラス違ったらどうする」
「どうってなにが?」
「あんま会えなくなるかもじゃん」
「会おうよ」
「でも……」
「俺が毎日そっち行くから、待っとって」
「うん」
不思議と、岩井に言われると安心できる。本当にそうしてくれると分かっているからかもしれない。
ふいに岩井が足を止めた。
後ろから差し込む夕陽の光が、髪の毛に当たってきらきら輝いて見える。
「一ノ瀬、好きやで」
「……知ってる」
一年前と変わらない告白。きっと来年も、同じ言葉を言われるのだろう。
すでにクラスメイトとは別れの挨拶をしたらしく、先輩は寄せ書きでほとんど埋められた卒業アルバムと筒を持ってやって来た。
「岩井くんと一ノ瀬も書いてよ」
「どこに書くんですか?」
「あるでしょ、一番後ろのページとか。ほら」
開かれたページに、岩井が油性ペンですぐさま書き始めた。残りのスペースはあと二人分くらい。
なにを書くんだろうと見守っていたら、『一ノ瀬は俺のです』という大きな文字が見えてぎょっとする。
「お、おい、なに書いてんの!?」
「ええやん。これくらい」
怒られても当然なのに、先輩はそれを見て穏やかに笑った。
「岩井くん、ここに書かなくても分かってるよ」
「……大人の余裕ってやつですか?」
「はあ。遼のそういうところ、本当に子どもっぽいよな」
「そ、そんなことないし」
呆れて溜め息も出ない。
油性ペンを受け取って、岩井に至近距離で監視されながらメッセージを書いた。
内容は至ってありきたりなもの。会えなくなるのは寂しいけど、大学でも楽しく過ごしてください。伝えるのはそれだけで充分だと思った。
「じゃあ先輩……また」
「うん。一ノ瀬も岩井くんも元気で」
「……また会うん? 二人で?」
「すみません。こいつあとで怒っておきます」
「あははっ、いいよ。なにかあったら相談乗るから言ってね」
「はい!」
先輩が去ったあと、岩井はサッカー部の先輩にも挨拶をしに行った。全部が終わって帰る頃には、すっかり夕方になっていた。それでも自転車は乗らない。今日は久々に岩井と一緒に帰れる日だから。
隣に並んで自転車を押しながら、夕陽色に染まった岩井の頭を見る。
成長が早いようで、たった半年で身長が数センチは伸びたらしい。「これで大人に近づいた」と喜んでいた。けど、中身はまだまだ変わる様子がない。
「先輩の卒アルにあんなこと書いたらダメじゃん」
「でも彼女ともし別れたら、一ノ瀬に気が移るかも分からん。書くだけタダやし」
「先輩が俺を好きになるわけないだろ」
「いいや、それは分からん。なあ……もう先輩に未練ないって言っとったけど、ほんまに一ミリもないん?」
「まだ嫉妬してんの?」
「そりゃあ……」
「未練ない」
「ぜんぜん?」
「全然」
「これっぽっちも?」
「……しつこい」
冗談かと思ったが、眼差しは真剣そのもの。
この数ヶ月でたくさん気持ちを伝えてきたのに、まだまだ不安は消えないらしい。
「俺さ、お前が思ってる以上に遼のこと好きだよ。もし先輩に告白されても断るし」
「ま、まじですか」
「うん」
「それって先輩よりも俺のほうが好きってこと?」
「だから……うん、まあ……そう」
恥ずかしいからあまり言わせないでほしい。
熱くなった頬を隠すために俯いたら、そっと指で顎を掬われた。
「今めっちゃ可愛い顔しとる」
「やめろよ」
「キスしたい……」
「……やめろよ?」
手を振り払ったら本気で悲しそうな顔をされた。
──来月、新学期が始まる。クラスが離れてしまったらこの関係はどうなるのだろうという不安は少なからずある。
三年生になったら夏で部活も引退だし、受験も始まって会える時間が減るのは目に見えている。
「あのさ、クラス違ったらどうする」
「どうってなにが?」
「あんま会えなくなるかもじゃん」
「会おうよ」
「でも……」
「俺が毎日そっち行くから、待っとって」
「うん」
不思議と、岩井に言われると安心できる。本当にそうしてくれると分かっているからかもしれない。
ふいに岩井が足を止めた。
後ろから差し込む夕陽の光が、髪の毛に当たってきらきら輝いて見える。
「一ノ瀬、好きやで」
「……知ってる」
一年前と変わらない告白。きっと来年も、同じ言葉を言われるのだろう。


