京都の路地裏は湿った夏の空気に包まれていた。苔むした石畳の先に、時代に取り残された古書店がひっそりと佇む。外観は古びた町家だが、店内に足を踏み入れると、霊気が漂い、まるで異界の門をくぐったかのようだった。瑠佳は拳を握りしめ、薄暗い店内を進んだ。紅い髪が提灯の灯りに映え、怒りの炎のように揺れた。真玖は黒髪を結い直し、冷静な瞳で周囲を見据える。氷翠は栗色の髪を汗で濡らし、護符を手にそわそわと歩く。
奥の部屋で、山査子と名乗る男が三人を迎えた。白髪交じりの髪を無造作に束ね、鋭い目が古い羊皮紙の山を見据える。彼の手には、黒い目の紋章が描かれた一枚――天水神社で瑠佳が見た黒海軍の旗と同じ紋章だ。煙草の煙が彼の周りを漂い、霊気がかすかに揺らめいた。
「キアサージの目的は?」瑠佳の声は鋭く、抑えきれぬ怒りに震えた。「なぜ神々を、信仰を消そうとするの?」
山査子は目を細め、煙草をくわえたまま答えた。「そいつの目的は.....誰も分からない。キアサージはまるでこの世の理を否定する嵐だ。理由も、感情も見せずに神聖な場所を破壊し続ける。ただ一つ確かなのは、彼が神々の存在を根こそぎ消し去ろうとしていることだ」
瑠佳の胸元で、紅のペンダントが一瞬熱を帯びた。キアサージの灰色の瞳と冷たい嘲笑が脳裏に蘇り、彼女の拳が震える。「理由がわからないなんて...それでも、あいつを許せない!」
山査子が羊皮紙を広げ、指でなぞった。「情報によれば、キアサージの力は人間のものじゃない。この世ならざるもの、まるで神々の敵対者そのものだ。ヨーロッパの教会、中東のモスク、インドの寺院...世界中で破壊を繰り返し、神々の結界を弱めている。次の標的は伊勢神宮だ」
真玖が地図を広げ、赤い印を指した。黒髪が薄暗い部屋で静かに揺れる。「破壊された神社の位置を繋ぐと、五芒星の形になる。中心は伊勢神宮...彼は神々の力を完全に断つ気ね」
氷翠が身を乗り出し、栗色の髪が額に張り付いた。「じゃあ、そこで待ち伏せするしかないよね! ドカンとやっちゃおう!」
「無謀よ」と真玖が冷静に答えた。姉としての重みが声に宿る。「彼の力は私たちの想像を超える。情報だけでは足りない。瑠佳の力をもっと引き出す必要がある」
瑠佳は唇を噛んだ。ペンダントが再び熱を帯び、彼女の心に決意が燃える。「だったら、もっと鍛える。どんな力でも使いこなして、キアサージを倒す!」
山査子が静かに笑い、煙草を灰皿に押しつけた。「その意気だ、瑠佳。だが、気をつけて。キアサージはただ強いだけじゃない。あいつの存在そのものが、神々の終焉を告げる災厄だ。対峙するなら、命を賭ける覚悟が要る」
瑠佳は目を閉じ、深く息を吸った。キアサージの嘲笑、壊された天水神社の廃墟、巫女たちの叫びが胸を刺す。「覚悟なら...できてる」彼女の声は静かだが、炎のように熱かった。

京都を後にし、三人は伊勢へ向かう道中で、霊気が集まる古の森にたどり着いた。夜、湿った空気が鬱蒼とした木々を包み、苔むした石碑が幽かに光を放っていた。 瑠佳の力を覚醒させるための試練の場だった。真玖は石碑の前に立ち、禁断の術式の準備を始めた。黒髪が夜風に揺れ、彼女の瞳に厳粛な光が宿る。
「瑠佳、準備はいい?」真玖の声は静かだが、力強さに満ちていた。
瑠佳は頷き、刀を手に石碑の前に立った。紅い髪が月光に映え、目は決意に燃えた。「どんな試練でも受ける。あいつを止めるためなら」
氷翠が不安そうに囁いた。緑の瞳が霊気の濃さに揺れる。「真玖姉、これって本当に大丈夫? さっきの力、瑠佳を飲み込みそうだったよ.....」
「危険は承知よ」と真玖が答えた。「でも、キアサージを倒すには、瑠佳の紅の力――破壊と再生を秘めたもの――を完全に解放するしかない」
真玖が呪文を唱え始めると、石碑から紅と黒の光が交錯し、瑠佳の体を包んだ。彼女の意識は内なる世界へと引き込まれ、漆黒の空間に紅のオーラに燃える影が立っていた。影の姿は瑠佳自身だが、目には冷たい挑戦の光が宿る。
「私を倒せ」と影が囁いた。「お前が恐れるもの、抑えてきたもの、すべてを受け入れろ」
瑠佳の内なる戦いが始まった。刀を振り、紅のエネルギーが迸る。刃が空を切り、地面を裂き、紅の雷が影を貫いた。彼女の動きは巫女の型を完全に脱し、獣のような自由さと力強さに満ちていた。護符が炎のように舞い、爆発するたびに空間が歪む。森全体が震え、木々が折れ、霊気が嵐のように渦巻いた。瑠佳の刀は紅い稲妻となり、影の攻撃を弾き返し、一撃でその姿を粉砕。影が消滅した瞬間、瑠佳の目が深紅に輝き、新たな力を手に入れた――だが、その力は制御が難しく、彼女自身を焼き尽くす危険を孕んでいた。
戦いの後、瑠佳は汗と血にまみれ、刀を地面に突き立てて膝をついた。荒い息を吐きながら、彼女は呟いた。「これで...キアサージに近づけた?」
真玖は近づき、頷いたが表情は硬い。「近づいたわ。でも、彼はまだ遠い。そなたの力は強大だが、制御が未熟だ」
氷翠が駆け寄り、笑顔で瑠佳の肩を叩く。「でも、すっごかったよ! 瑠佳、まるで神様みたいだった!」
真玖が静かに言った。「神様ではない。瑠佳は瑠佳だ。だが、この力は...神々の領域に近い。慎重に扱いなさい」
その夜、瑠佳は森の端で一人、星空を見上げた。ペンダントを握り、キアサージの姿が夢に現れる。海の上に立ち、黒いマントを翻す彼は、まるで闇そのものだった。「巫女よ、なぜ神々のために戦う? 彼らはお前を見捨てるぞ」その言葉は、理由も背景もないまま瑠佳の心を揺さぶり、キアサージの謎めいた存在感を際立たせた。彼女は目を覚まし、拳を握った。「何を言おうと...私は負けない!」
突然、森の空気が冷えた。木々がざわめき、霊気が歪む。瑠佳が刀を構えると、闇の中からキアサージが現れた。黒曜石の鎧が月光を吞み、灰色の瞳が彼女を貫く。「面白い力だ、巫女よ。だが、それでは俺を止められん」
瑠佳は突進し、紅の力が刀に宿る。刃がキアサージを捉えるが、彼は動かず、素手で刀を止めた。「遅い」一振りで瑠佳は吹き飛ばされ、木々に叩きつけられる。真玖と氷翠が駆けつけ、構えるが、キアサージの存在感は絶対だ。彼が一歩踏み出すと、地面が震え、霊気が消えた。
「次は伊勢神宮だ」キアサージの声は冷たく、空間を凍らせる。「そこで、すべてが終わる」彼は霧に溶けるように消え、森に静寂が戻った。
瑠佳はよろめきながら立ち上がり、血を拭った。「くそ...まだ、足りない.....」真玖が肩を支え、氷翠が護符を握りしめる。三人の視線は、遠く伊勢の方角に向かった。最終決戦の時が近づいていた。