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 春の空は薄曇りで、昨日よりも少し肌寒かった。

 「見て見て、今日ゆる巻きしてきたの〜」
 「まじで?それ、アイロン?超きれいじゃん」
 「あとさ、あの新しいシャンプー使ったらめっちゃ髪まとまるんだって!」

 教室に入ると、そんな華やかな声があちこちで飛び交っていた。

 女の子たちの輪の中は、目を背けてしまいそうな、にぎやかさと明るさがあった。

 「麗衣おはよ〜!」

 声をかけられた瞬間、麗衣はぱっと表情をほころばせる。

 「おはよう」

 柔らかく、ほどよく明るく、誰が見ても自然な感じのいい笑顔で。
 すると、数人の女子たちがわっと周囲を囲むように集まってきた。

 「麗衣もさ、髪巻いてみたら?絶対似合うよ〜」
 「え〜そうかな?でもダメだ、私起きるのギリギリだから時間ないんだよねえ」

 少しだけ肩をすくめて、照れ笑い。
 嘘は、ほんの少しだけ。
 バレないように、でも自分の輪郭が曖昧にならないように。

 本当は、朝に髪を巻く時間なんて十分ある。

 でも、やるべきことが他にたくさんあるのだ。
 お気に入りのシャンプーなんて試す余裕もない。
 誰かと何かを比べたり、選んだり、そんな「余白」が、今の自分には少し遠い。

 だけど——こうして笑っていれば、“普通”の中に混ざっていられる気がした。

 (けど、実際は——)

 麗衣は、笑顔を保ったまま、そっとスカートの裾を指先でなぞる。
 縫い目に沿って、静かに形を整えるみたいに。
 それは、心の中のぐしゃぐしゃを誤魔化す、小さな儀式のようでもあった。

 (苦しいなんて、言えるわけない)

 そのとき——
 代わりない笑顔のまま、誰にも気づかれずに、麗衣の心から、花びらがひとひら、またひとひらと落ちていった。

 無音の吹雪のように、透明で、優しいふりをした痛みが、床に降り積もっていく。