* * *
 夜風が、ほんの少し肌寒くなっていた。

 街灯の明かりがぽつぽつと歩道を照らし、その下を歩くふたりの影が並んで、ゆっくりと揺れていた。

 少し前まで、優真の背中には蓮が眠っていた。

 もう家の布団でぐっすりと眠っているはずの弟の重みが、まだどこかに残っている気がして、麗衣は、歩きながら時折その背中にちらりと視線を向けた。

 二人きりになって、並んで歩くだけで心がふっと落ち着いていくような、そんな静かな時間だった。

 「ねえ、優真」

 麗衣が、静けさに抗うように、ゆっくりと口を開く。

 「わたしさ、思うの。……ひとりで頑張る力は私にはきっと必要だったけど」

 言葉を探しながら、指先でスカートのすそをそっとなぞる。

 「誰かと一緒にいる、あったかさを知れたのは、よかったなって。優真のおかげ」

 優真は、すぐには答えなかった。
 けれど、ほんの一拍のあと、目を細めて、ぽつりと呟く。

 「……俺もだよ」

 その言葉が、とても優しくて、思わず泣きそうになってしまう。

 「この不思議な力は、美羽が俺に残した使命だって、ずっと思ってた。一種の呪いみたいに、ずっと一人で向き合い続けないといけないものだって」

 「だけど、麗衣が、一人じゃなくていいって教えてくれたんだ」

 麗衣の胸の奥で、何かが静かに満ちていく。
 言葉じゃなくて、想いでわかる。

 いま、私たちは、たしかに同じ景色を見ていると。

 「麗衣のおかげなんだ。この力が、いいものだって思えるのは」

 少しの沈黙のあと。
 ふたりは、顔を合わせて笑いあった。

 そのとき——夜風がそっと吹き抜けた。

 麗衣の髪が揺れ、その頬に、ひとつのぬくもりがそっと触れた気がした。

 ふと足元を見ると、そこには一輪の小さな花が、誰にも気づかれないように、静かに咲いていた。

 もう嘘から落ちる花びらじゃない。

 誰かに届きたくて、心の奥でそっと芽吹いたほんとうの気持ちが、静かな夜のなかで、そっと、やさしく咲いたのだった。