* * *

 昼過ぎ、模擬店のピークがひと段落したころ。
 教室のドアが開いて、小さな影が顔を出した。

 「お姉ちゃーん!」

 支援員の人に連れられた蓮が、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 そして、その目に映る姉は、いつも家で見る姿とはまったく違って見えているらしい。

 「お姉ちゃん、かっこいい!」

 全力の笑顔でそう言われ、麗衣は少し照れたようにエプロンの端を握った。

 「……そう?蓮にそう言われると嬉しいな」

 麗衣は嬉しそうに笑って、隣にいた支援員のお姉さんに頭を下げた。

 「ありがとうございます。連れてきていただいて」
 「全然!それより本当に大丈夫?また帰る頃に迎えにきてもいいよ?」
 「あ、それは本当に大丈夫です!今日はこのまま一緒に帰れるように先生にも頼んであるので。いつもありがとうございます」

 二人で暮らすと決めてから、たくさん家にきて手助けをしてくれる担当の支援員さんもすごく優しい人だった。

 「そ?じゃあ気をつけてね。蓮くんも、楽しんでおいでね」
 「うん!ありがと!」

 多くの時間を過ごす蓮とは、もうすっかり仲良しでハイタッチを決めて帰っていく。
 この存在もかつての麗衣には信じられないものだった。

 「来てくれたんだな、蓮」

 お姉さんを見送っているうちに、優真が蓮に話しかける。

 蓮は「あっ、優真!」とぱっと顔を向けて、楽しそうに駆け寄って行った。

 「いろいろ見てまわった?」
 「ううん、まだ。お姉ちゃんのお店にきたかったから」

 蓮の正面にしゃがみこみ視線を合わせて話す優真に、クラスメイトの視線が集まる。

 普段から優しく気の利く優真だけど、子供に向けるその笑顔はいつも以上に優しく、ほんの少し黄色い声が聞こえた。

 「じゃあ、お姉ちゃんと回ってきなよ。ね、麗衣。なんか仕事あれば俺変わるし」
 「え?いいよ。すぐ休憩だし、待ってられるでしょ?」

 そんなやりとりを聞いていた蓮が、二人の間でボソリと呟く。

 「優真の休憩はお姉ちゃんと一緒じゃないの?みんなで行きたい……」

 少しの沈黙のあと、二人で顔を見合わせると、待ってましたと言わんばかりにクラスメイトが二人に詰め寄った。

 「いいよ、行ってきて二人とも!」
 「せっかく弟さんきたんだから!行ってあげてよ!」

 その勢いに驚き、麗衣は慌てて首を振る。

 「そんな、ダメだよ。係なんだから!」
 「いいよ、いつも麗衣には助けられてるから!」

 言い負かされそうになり、思わず黙り込む。

 「優真もだぞ、いつも気利かせて動いてんの知ってるんだからな」

 その間に優真も同じように詰め寄られていて、麗衣と優真は顔を見合わせて笑った。

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そう言う前に、蓮はもう、麗衣と優真の手を握っていた。

 自然に、麗衣と優真は視線を合わせて、微笑む。
 言葉もなく、でも通じ合っていることが、なんとなく分かった。