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 朝の校舎には、いつもと違うざわめきが満ちていた。

 昇降口にはカラフルな立て看板、廊下にはクラスごとの装飾が並び、いつもの白い壁が一夜でお祭りの通りに変わっていた。

 パンフレット片手に立ち止まる生徒の声、スピーカーから流れるBGM、カメラのシャッター音——

 文化祭が始まる、そんな空気に包まれて、空の色まで少し浮かれて見えた。

 2年B組——麗衣のクラスも、その中にあった。

 ガーランドやペーパーフラワーが風に揺れる窓際、黒板には生徒たちの手で描かれたカフェ風のイラストとメニュー表。

 昨日までと同じ教室なのに、今日だけは別世界みたいだった。

 「麗衣、今日の髪型かわいいね。いつもストレートだから、新鮮かも……」
 「えっ……ほんと?ちょっとだけ巻いてみたの」

 慣れない髪型にほんの少しそわそわしていた麗衣は、ほっとしたように頬を緩める。

 「うん、超似合ってるよ!いつもそうしてきたらいいのに!」

 少し前までは、髪を整える時間なんてなかった。
 鏡を見ることすら億劫だった日々が、どこか遠くに思える。

 「……そっか、じゃあたまにはやってみようかな」

 友達のまっすぐな笑顔が嬉しくて、麗衣は自然に笑顔になっていた。

 「なにかを言わなきゃ、ちゃんと返さなきゃ」と身構えていた頃の自分とは違う。

 気づけば、当たり前みたいにその輪の中にいることが、ただうれしかった。