* * *

 「いつもいつも、辛いことなんてないみたいに笑ってた。俺は、それを馬鹿みたいに信じて、助けられなかった」

 声が震えていた。

 「いなくなって——真実を知った。それじゃあ間に合わないんだ」

 優真の手が、膝の上でぎゅっと握られていた。

 「だから、誰かの嘘を見過ごすのが、怖いんだよ。また、あのときみたいに……大事なことを見落とすのが」

 麗衣は、その手の上に自分の手を重ねた。

 優真の手は、ひどく冷たかった。
 けれど、少し震えていた指先が、ぴたりと止まる。

 すぐに言葉は出てこなかった。
 なにを言えばいいのか——正直、わからなかった。

 それでも、目の前で苦しんでいる人に、黙ったままではいられなかった。

 「……苦しいよね」

 小さな声で、そう言った。

 それは、ありきたりな言葉だったかもしれない。
 でも、嘘じゃなかった。

 「優真のせいじゃないって、優真が抱えることじゃないよって、言ってもきっと届かないと思う。……だって、私もきっと、同じ立場だったら、自分を責めると思うから」

 優真は黙ったまま、目を伏せていた。

 「でもね——全部を救おうとしたら、きっと優真の方が壊れちゃう」

 重ねた手に、少しだけ力を込める。

 「私は、優真に救われたよ。あのとき、声をかけてくれて、本当にうれしかった。だから……誰かを助けたいって思う気持ちは、否定出来ないけど……」

 言葉を探しながら、慎重に、でもまっすぐに目を見た。

 「だけど、今の優真の花びらは、見過ごせないくらいしんどそうだよ。それを助けたいって思う人がいる、優真が助けたいって思う気持ちと一緒だよ、だから優真も救われてほしいの」

 手の温度が、少しだけあたたかくなった気がした。

 それが、優真に届いたのかどうかはわからない。
 けれど、そう言ったとき、優真の目に、ふと光るものがにじんだ。

 「優真は今、大丈夫じゃないよ」

 そう続けた瞬間、彼の目から、ひとしずくの涙がこぼれた。

 何かをこらえるように、震える肩。
 麗衣は、そっとその肩に触れて、言った。

 「優真だって、泣いていいんだよ」

 その言葉が届いたように、優真は顔を伏せて、静かに泣いた。

 声を出さずに、でも確かに流れる涙。
 それは、ずっと彼がしまい込んでいた痛みが、ようやく外にこぼれた証だった。

 麗衣はその隣で、ただ黙って寄り添った。
 かつて、優真が私にしてくれたように——今度は、麗衣自身が支える側として。