* * *
そして、文化祭前日の放課後。
教室には、仕上がった装飾やポスターがきれいに並び、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
寄せられたイスの山、片隅に重ねられた段ボール、机の上に残されたペンとテープ。
すべてがやりきったあとの余韻に包まれていて、窓から差し込む夕陽が、それをそっと金色に照らしていた。
けれど、麗衣の視線はずっと、ひとりの人を追っていた。
優真は、今日もいつも通り、ずっと視野を広く誰かの助けになろうと動いていた。
「ありがとう」と言われる前に、もう次の誰かに気を配っている。
……でも、今日はなんとなく、いつもより疲れているように見えた。
文化祭は、誰の心も揺れるイベントだ。
期待、不安、張りつめた空気、ぶつかる想い。
明らかに、見える花びらが多くて、慣れていない麗衣は手で払ってしまいそうになるほど。
そんな空気を受け止めながら、優真は、いつも以上に気を張っていたのかもしれない。
彼自身の花びらも限界を告げるようにどんどんと溢れかえっていて、麗衣は声をかけるタイミングを探して、ずっと待っていた。
ようやく荷物をまとめた優真が、教室を出て、廊下を曲がった——そのときだった。
——カツン。
彼のポケットからスマートフォンが滑り落ち、硬い床に音を立てて転がった。
麗衣は反射的に駆け寄って、それを拾い上げた。
「落としたよ」
そう言って手渡そうとしたとき、ふと画面に目がとまる。
——《優しいお兄ちゃんが、大好きだよ。言えなくてごめんね》
ほんの一瞬だけ。
それでも、心の奥に突き刺さるには十分だった。
優真の手が、不自然に止まる。
麗衣の視線に気づいた彼は、焦るようにスマホを引き取る。
「麗衣」
そう呼ばれて顔を上げたとき、麗衣の中に渦巻いていた何かが、一気にあふれ出した。
夕焼けの光に照らされた優真の顔は、変わらない優しさを映し出している。
でも、だからこそ、我慢できなかった。
「……どうして、そんなふうに平気な顔するの?」
思わず、声が震える。
「優真だって、ちゃんと抱えてるのに。……なのに、なんで笑っていられるの?」
優真が、何かを言いかけて口を閉じた。
麗衣は、夕陽に照らされた廊下を見つめる。
——ふわり。
彼の足元に、また花びらが舞い落ちた。
「どうしたの急に。俺は大丈夫だよ。文化祭前日だから麗衣だって疲れてるでしょ。一緒じゃん」
そう言って笑う優真に、麗衣は拳をにぎりしめる。
「大丈夫じゃないよ……嘘つき」
「え?」
熱いものがグッと湧き上がってのを堪えるように、声を震わせて麗衣は呟く。
「だって……花びらが、落ちてるの」
息が詰まるような沈黙のなかで、優真の瞳がわずかに揺れた。
まるで、閉ざしていた扉の向こうに、初めて触れたような、そんな瞬間だった。
暫くの沈黙の後、優真はゆっくりと、息を吐くように問いかけた。
「……もしかして、麗衣にも見えるの?」
麗衣はうなずいた。
「見えるようになったの。優真が、私を助けてくれたから」
そして、続けた。
「……優真は、私の花びらを見て、助けてくれたんでしょ」
優真はしばらく黙っていた。
でも、何かを諦めるような顔で、ぽつりと口を開いた。
「それなら、嘘は、つけないね……」
その笑顔は、初めて見る笑顔だった。
眉を下げて、口元を震わせながら、無理やり作ったような不格好な笑顔。
その表情に、麗衣の目からは涙がこぼれおちた。
そして、文化祭前日の放課後。
教室には、仕上がった装飾やポスターがきれいに並び、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
寄せられたイスの山、片隅に重ねられた段ボール、机の上に残されたペンとテープ。
すべてがやりきったあとの余韻に包まれていて、窓から差し込む夕陽が、それをそっと金色に照らしていた。
けれど、麗衣の視線はずっと、ひとりの人を追っていた。
優真は、今日もいつも通り、ずっと視野を広く誰かの助けになろうと動いていた。
「ありがとう」と言われる前に、もう次の誰かに気を配っている。
……でも、今日はなんとなく、いつもより疲れているように見えた。
文化祭は、誰の心も揺れるイベントだ。
期待、不安、張りつめた空気、ぶつかる想い。
明らかに、見える花びらが多くて、慣れていない麗衣は手で払ってしまいそうになるほど。
そんな空気を受け止めながら、優真は、いつも以上に気を張っていたのかもしれない。
彼自身の花びらも限界を告げるようにどんどんと溢れかえっていて、麗衣は声をかけるタイミングを探して、ずっと待っていた。
ようやく荷物をまとめた優真が、教室を出て、廊下を曲がった——そのときだった。
——カツン。
彼のポケットからスマートフォンが滑り落ち、硬い床に音を立てて転がった。
麗衣は反射的に駆け寄って、それを拾い上げた。
「落としたよ」
そう言って手渡そうとしたとき、ふと画面に目がとまる。
——《優しいお兄ちゃんが、大好きだよ。言えなくてごめんね》
ほんの一瞬だけ。
それでも、心の奥に突き刺さるには十分だった。
優真の手が、不自然に止まる。
麗衣の視線に気づいた彼は、焦るようにスマホを引き取る。
「麗衣」
そう呼ばれて顔を上げたとき、麗衣の中に渦巻いていた何かが、一気にあふれ出した。
夕焼けの光に照らされた優真の顔は、変わらない優しさを映し出している。
でも、だからこそ、我慢できなかった。
「……どうして、そんなふうに平気な顔するの?」
思わず、声が震える。
「優真だって、ちゃんと抱えてるのに。……なのに、なんで笑っていられるの?」
優真が、何かを言いかけて口を閉じた。
麗衣は、夕陽に照らされた廊下を見つめる。
——ふわり。
彼の足元に、また花びらが舞い落ちた。
「どうしたの急に。俺は大丈夫だよ。文化祭前日だから麗衣だって疲れてるでしょ。一緒じゃん」
そう言って笑う優真に、麗衣は拳をにぎりしめる。
「大丈夫じゃないよ……嘘つき」
「え?」
熱いものがグッと湧き上がってのを堪えるように、声を震わせて麗衣は呟く。
「だって……花びらが、落ちてるの」
息が詰まるような沈黙のなかで、優真の瞳がわずかに揺れた。
まるで、閉ざしていた扉の向こうに、初めて触れたような、そんな瞬間だった。
暫くの沈黙の後、優真はゆっくりと、息を吐くように問いかけた。
「……もしかして、麗衣にも見えるの?」
麗衣はうなずいた。
「見えるようになったの。優真が、私を助けてくれたから」
そして、続けた。
「……優真は、私の花びらを見て、助けてくれたんでしょ」
優真はしばらく黙っていた。
でも、何かを諦めるような顔で、ぽつりと口を開いた。
「それなら、嘘は、つけないね……」
その笑顔は、初めて見る笑顔だった。
眉を下げて、口元を震わせながら、無理やり作ったような不格好な笑顔。
その表情に、麗衣の目からは涙がこぼれおちた。



