* * *

 その日、麗衣はひとりで、文化祭の案内チラシを折っていた。

 教室のざわめきから少し離れた窓際で、無心で紙を折っては重ねていく。

 目の前に散らばる紙を見つめながら、ふと、視界の端に揺れるものが映った。

 ——白い、ひとひらの花びら。

 また……、誰だろ。

 顔を上げると、教室の入り口近くで、楽しそうに会話をしているクラスの女の子の一人だった。

 輪の中で笑ってはいるものの、誰とも目を合わせず、何かを飲み込むように呼吸している。

 彼女の肩のあたりから、花びらが静かに、はらりと落ちていく。

 麗衣は立ち上がり、声をかけようと歩き出した。

 ——けれど。

 「ね、広告って詳しい?」

 麗衣より先に、優真が彼女に近づいていた。
 その声はやさしくて、彼女は驚いたように顔を上げた。

「ちょっと教えてほしいんだけど、廊下の広告の場所でさ」

 言いながら、自然にその子をその場から連れ出す。

 ……さすが、気づくの早いな。

 座り直して、心のなかでそうつぶやいたとき、麗衣は、奇妙な違和感に気づいた。

 ——彼の視線が、花びらを追っている。

 まるで、それが見えているかのように。

 優真の視線は、彼女の肩から落ちたひとひらを、目でなぞるように見つめていた。

 (……え?)

 胸がざわめいた。

 思わず立ち上がり、教室を出ていったふたりを追いかける。

 階段を降りると、誰もいない廊下で、優真と女の子はふたりで話していた。

 優真は、彼女の顔をのぞき込むようにして、そっと言葉を続けた。

 「なんか、無理してるでしょ」
 「……え?」
 「俺、そういうの分かっちゃうからさ」

 冗談のように笑う優真に、心を溶かされるように本音をこぼす女の子。
 その声の調子が、少しづつ明るくなっていくのを、麗衣は、柱の影から聞いていた。

 「ありがとう、優真くん」
 「全然?俺は聞いただけだよ。なんかあったら言って」

 彼女がその場を去っても、麗衣はそのまま動けなかった。

 優真もその場に立ち止まったまま、ふうと小さく息を吐き出す。
 そして、彼女が手すりに落として行った花びらを、そっと指先で払う。

 その仕草が、あまりにも自然で。
 あまりにも、確かな証拠だった。

 (やっぱり……優真も——見えてるんだ)

 気づいてはいけない秘密に、触れてしまったような気がして、胸の奥が、ふわりと揺れた。