* * *

 教室に戻るまでの校舎の渡り廊下。

 向かいの教室から伸びた光の先で、優真が誰かに何かを渡しているのを見つけた。

 頼まれたわけでもないのに、彼は準備途中の画材を一緒に運び、散らかった道具を手際よくまとめていく。

 「大変だったらいつでも呼んで、俺手伝えるし」

 そう言って、笑いかける声が、やわらかく耳に届く。
 その声も、表情も、相変わらずで。
 やっぱり優真は、困っている人に気づくのが早くて、何も言われなくても手を差し伸べてしまう人だった。

 ——私にだって、そうだった。

 苦しいことを隠して笑っていた麗衣に、誰よりも早く気づいて、当たり前みたいに声をかけてくれた。

 麗衣は当時のことを思い返しながら、しばらくその背中を見つめていた。

 静かな秋の風が、廊下のガラス越しにやわらかく吹き抜けて、そのなかで、優真の姿だけが、やけにまぶしく見えた。

 ふと彼がこちらに気づいて、軽く手を上げて笑った。

 思わず反射的に手を振り返す。

 その笑顔が、あの頃と変わらないことが、嬉しかった。

 自然と足が前に出て、麗衣は軽く駆けるようにして彼のもとへ向かった。

 「手伝ってたの?」

 そう声をかけると、優真は少しだけ笑って頷く。

 「うん、なんか放っておけなくて」

 私はそのまま、つぶやくように聞いた。

 「優真って、いつも誰かに声かけてるよね。……大変じゃないの?」

 そう尋ねると、彼は照れたように首をかしげてから、あの頃と変わらない声で言った。

 「全然。見過ごしたくないんだ、困ってるの」

 その言葉に、ふいに記憶が重なった。

 あのときも、麗衣の強がりに気づいて言ってくれた——
 『見て見ぬふりとか、できないんだよね、俺』
 『誰かが困ってるのとか、放っておけないっていうか』

 あの頃と、何も変わらない。
 優真のあたたかさも、まっすぐさも。
 そして——その笑顔も。

「……そっか。優真は優しいね」
「……そんなことないよ」

 少しの間を置いて、そう言いながら彼は視線を逸らした。
 なんとなくその仕草に違和感を感じたけれど何も言わず見送る。

 けれど、彼が離れていったあと。
 ふと、地面に目をやった麗衣は、息をのんだ。

 ——床を埋め尽くすほどの、たくさんの花びらが、静かに足元に散っていたのだ。

 驚いて彼を探して顔を上げる。

 けれどもう、彼はクラスの子と楽しそうに話していた。

 (……なんで、そこまでして誰かのことばかり)

 優真は、まっすぐで、優しくて、いつも誰かを助けていて。

 でもきっと、自分の心の居場所を、置き去りにしてるんだ。

 その証拠に—麗衣ははっきりと見てしまった。

 誰かに笑いかけた優真の背中から、白い花びらがふわりと落ちていくのを。