* * *
開口一番、職員さんが伝えてきたのは、母の病状についてだった。
「お母さんの入院、もうしばらく長引きそうです」
その言葉に、心のどこかで予想していたはずなのに、胸がじくりと痛んだ。
「それでね……麗衣ちゃん。お母さんと、また一緒に暮らしたいと思ってる?」
そう尋ねられて、麗衣は答えに詰まった。
……蓮のためには、一緒の方がいいのかもしれない。
でも、あのときみたいなことが、また起きたら。
蓮が傷つくところなんて、もう二度と見たくなかった。
だけど、「一緒に暮らしたくない」と口にするのも、どこか裏切るようで苦しくて。
麗衣が黙ってしまうと、職員さんはすぐに表情をやわらげた。
「うんうん、今すぐに答えなくていいよ。今日はね、まず夏休み明けからどうしたいかってところから話せたらと思ってて」
その配慮がありがたくて、麗衣はゆっくりとうなずいた。
「……私は、普通に、学校に通いたいです。
ここからだとちょっと遠いので、できれば実家から通えたら……って思ってます」
「うん、わかった。麗衣ちゃんなら生活力もあるし、できると思うよ」
職員さんは穏やかにうなずいてくれた。
だけど——その直後だった。
「じゃあ、蓮くんはどうする?」
その言葉が、頭を殴られたみたいに衝撃だった。
(……え?)
当然、一緒に帰るものだと思っていた。
麗衣が家に戻るなら、蓮も当然一緒に来る——それ以外の選択肢なんて、考えたこともなかった。
「私たちは、蓮くんは施設に残ってもらってもいいと思ってるの」
その一言に、心が大きく揺れた。
たしかに、施設にいたほうが蓮は守られるのかもしれない。
スタッフさんは優しいし、同年代の子もいる。
麗衣よりも、もっとちゃんと支えてくれる大人たちがいる。
(……私なんかより、ずっと)
だけど、それでも——
隣に蓮がいない未来なんて、想像できなかった。
(どうしよう……)
麗衣が何も答えられずにいるときだった。
——ガチャ。
突然、面談室のドアが勢いよく開いた。
驚いて振り返ると、そこには、蓮が立っていた。
目元を真っ赤にして、唇をぎゅっとかみしめている。
「お姉ちゃん、なんで何も言わないの!?僕、やだよ……!お姉ちゃんと一緒がいい……!」
その横で、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
泣きながら駆け寄ってきて、麗衣の袖をぎゅっと握る。
「蓮……」
小さな手のひらの熱が、じんわりと伝わってくる。
その体温に触れた瞬間、麗衣の目にも、涙が滲んだ。
「僕、邪魔……?お姉ちゃんと一緒にいない方がいい……?僕がんばるから、一緒にいたい」
震える声で絞り出したその言葉に、麗衣は唇をかみながら、ゆっくりとうなずいた。
溢れ出す涙は止まらなかった。
ぎゅっと蓮を強く強く抱きしめる。
「……邪魔なんかじゃないよ。蓮はここにいた方がいいんじゃないかってほんのちょっと思っただけ」
「そんな訳ないじゃん、一緒がいいよおお」
「ごめんね、お姉ちゃんなんもわかってなかったね……ごめん、蓮」
「一緒に、帰る方法はありますか?」
——麗衣がそのわがままを口にした。
その瞬間、大人たちの空気が、ふっとやわらいだ気がした。
あらためて開かれた会議では、生活の土台や通学面、支援体制について、丁寧に話し合いが行われた。
そして最終的に、麗衣と蓮がふたりで暮らすことが認められた。
「もちろん、支援は続けていきます。麗衣さん、ひとりで抱えすぎないでね」
職員さんのやさしい声に、胸の奥がじんと熱くなった。
ひとりで頑張らなくていいって、なんて、あたたかい言葉なんだろう。
開口一番、職員さんが伝えてきたのは、母の病状についてだった。
「お母さんの入院、もうしばらく長引きそうです」
その言葉に、心のどこかで予想していたはずなのに、胸がじくりと痛んだ。
「それでね……麗衣ちゃん。お母さんと、また一緒に暮らしたいと思ってる?」
そう尋ねられて、麗衣は答えに詰まった。
……蓮のためには、一緒の方がいいのかもしれない。
でも、あのときみたいなことが、また起きたら。
蓮が傷つくところなんて、もう二度と見たくなかった。
だけど、「一緒に暮らしたくない」と口にするのも、どこか裏切るようで苦しくて。
麗衣が黙ってしまうと、職員さんはすぐに表情をやわらげた。
「うんうん、今すぐに答えなくていいよ。今日はね、まず夏休み明けからどうしたいかってところから話せたらと思ってて」
その配慮がありがたくて、麗衣はゆっくりとうなずいた。
「……私は、普通に、学校に通いたいです。
ここからだとちょっと遠いので、できれば実家から通えたら……って思ってます」
「うん、わかった。麗衣ちゃんなら生活力もあるし、できると思うよ」
職員さんは穏やかにうなずいてくれた。
だけど——その直後だった。
「じゃあ、蓮くんはどうする?」
その言葉が、頭を殴られたみたいに衝撃だった。
(……え?)
当然、一緒に帰るものだと思っていた。
麗衣が家に戻るなら、蓮も当然一緒に来る——それ以外の選択肢なんて、考えたこともなかった。
「私たちは、蓮くんは施設に残ってもらってもいいと思ってるの」
その一言に、心が大きく揺れた。
たしかに、施設にいたほうが蓮は守られるのかもしれない。
スタッフさんは優しいし、同年代の子もいる。
麗衣よりも、もっとちゃんと支えてくれる大人たちがいる。
(……私なんかより、ずっと)
だけど、それでも——
隣に蓮がいない未来なんて、想像できなかった。
(どうしよう……)
麗衣が何も答えられずにいるときだった。
——ガチャ。
突然、面談室のドアが勢いよく開いた。
驚いて振り返ると、そこには、蓮が立っていた。
目元を真っ赤にして、唇をぎゅっとかみしめている。
「お姉ちゃん、なんで何も言わないの!?僕、やだよ……!お姉ちゃんと一緒がいい……!」
その横で、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
泣きながら駆け寄ってきて、麗衣の袖をぎゅっと握る。
「蓮……」
小さな手のひらの熱が、じんわりと伝わってくる。
その体温に触れた瞬間、麗衣の目にも、涙が滲んだ。
「僕、邪魔……?お姉ちゃんと一緒にいない方がいい……?僕がんばるから、一緒にいたい」
震える声で絞り出したその言葉に、麗衣は唇をかみながら、ゆっくりとうなずいた。
溢れ出す涙は止まらなかった。
ぎゅっと蓮を強く強く抱きしめる。
「……邪魔なんかじゃないよ。蓮はここにいた方がいいんじゃないかってほんのちょっと思っただけ」
「そんな訳ないじゃん、一緒がいいよおお」
「ごめんね、お姉ちゃんなんもわかってなかったね……ごめん、蓮」
「一緒に、帰る方法はありますか?」
——麗衣がそのわがままを口にした。
その瞬間、大人たちの空気が、ふっとやわらいだ気がした。
あらためて開かれた会議では、生活の土台や通学面、支援体制について、丁寧に話し合いが行われた。
そして最終的に、麗衣と蓮がふたりで暮らすことが認められた。
「もちろん、支援は続けていきます。麗衣さん、ひとりで抱えすぎないでね」
職員さんのやさしい声に、胸の奥がじんと熱くなった。
ひとりで頑張らなくていいって、なんて、あたたかい言葉なんだろう。



