* * *

 ——夏休みに入る、少し前。

 母から逃げ出したいと本気で思ってしまったあの日、助けてくれたのが優真だった。

 助けを求めることが苦手な麗衣の、必死の一歩を逃さずに、ヒーローみたいに助けに来てくれて、逃げ場のない夜に、自分の家の灯りを差し出してくれた。

 あのときの温度と匂いと静けさはきっと一生忘れない。

 優真がいてくれたから、麗衣はあの夜を乗り越えられたんだって、本気でそう思っていた。

 優真に背中を押されて、初めて学校の先生に事情を説明した。

 「助けを求めていいんだ」って、心のどこかで思えたのは、彼のおかげだった。

 それからはあっという間で、先生が児童相談所へ連絡してくれて、その日のうちに職員さんと面談をした。

 数日後には、仮の保護措置として、蓮衣と蓮はこの施設に入ることになった。

 最初は緊張でいっぱいだった。

 連れてこられた見知らぬ場所で、どこに荷物を置いていいのかもわからず、蓮とふたりで玄関に立ち尽くしていた。

 「蓮くんと麗衣ちゃんだね!いらっしゃい!」

 明るい声とともに、スタッフの女性が笑顔でこちらへ歩いてきた。

 「荷物、こっちで預かるね。お部屋案内するから、こっちおいで」

 その声に、麗衣は思わず蓮の手を握り直した。

 知らない場所。
 知らない人たち。
 知らない空気。

 すべてがこわばったままの麗衣たちに、そのスタッフさんは、まるで親戚のお姉さんみたいに気さくに接してくれた。

 案内された廊下の先からは、数人の子どもたちの声が聞こえてきた。

 「こんにちは〜」
 「僕と同じくらいの男の子だ!」

 部屋のドアから顔を出していた男の子が、蓮に向かってひらひらと手を振る。

 蓮は戸惑ったように麗衣の背中に隠れていた。

 「ごはんの時間になったら呼びに行くね。お風呂は順番制だから、それもあとで教えるから」

 スタッフさんの穏やかな声に、麗衣の肩の力がすっと抜けていくのがわかった。

 他人の家にいるような気まずさは、もちろんあった。

 でも——ここにいていいよっていう雰囲気が、ちゃんと伝わってきた。

 邪魔じゃないって、感じられるのは、こんなにも心を軽くしてくれるんだと、麗衣はそのとき初めて知った。