* * *

 キッチンから漂う香りに引かれて、優真はダイニングへ向かった。

 卵焼きに、たらこのおにぎり。
 それから、甘辛く煮た鶏肉と、細かく刻まれた紅生姜の冷ややっこ。

 美味しそうな夕食が並んだテーブルには、まだ誰の姿もなかった。

 ダイニングに隣接する一室。

 以前、麗衣が来たときには仕切りのドアで閉ざされていたその部屋の中には、小さな棚があり、淡いピンクの花に囲まれた仏壇が置かれている。

 その前には、美羽の写真と、今日の夕飯のひと皿がそっと供えられていた。

 ほんのりと立ちのぼる湯気が、仏間の空気にかすかに揺れている。

 その前で、寄り添うように手を合わせている両親の横顔が、ふと目に入った。

 目を閉じ、静かに祈るように佇むふたりの姿は、何かを抱えながら、それでも穏やかにその時間を守っているようだった。

 美羽が亡くなってから、もう二年。

 ——たったの二年。

 あの日から、時間は確かに進んでいる。

 けれど、家族のなかのどこかには、まだ止まったままの部分があるのかもしれない。

 優真は静かにその隣に並び、小さく手を合わせた。

 「よし! 食べよっか!」

 空気を変えるように、明るく響いた母の声。

 弾むような口調で、食卓へ向かっていく。

 その後ろ姿にふと目をやると、ふわりと母の肩のあたりから、淡い花びらがひとひら、舞い落ちた。

 目には見えないはずの、けれど確かにそこにある重さ。

 それが優真にしか見えていないことは、優真自身が一番理解している。

 目の前に落ちる花びらに全く視線を向けない両親に合わせ、優真もその花びらはないものとして扱っていた。

 いつもと変わらない夕食の光景。

 けれど、その明るさの奥に、まだ癒えない悲しみが滲んでいることを、優真は知っていた。

 ふわり、ふわり。

 次から次へと音もなく振り続ける花びらは、空間全体を包み込むように、景色を白く染めていた。

 肩先に、足元に、テーブルの隅に。
 誰にも気づかれないまま、静かに、静かに、降り積もっていく。

 ただ、そのすべてが、優真にだけは見えていた。

 その現実に、胸の奥が、また少しだけ、きゅっと締めつけられた。