* * *

 家に帰ると、そのまま自分の部屋へ向かった。

 「優真〜すぐご飯だからね!」
 「分かってる」

 追いかけるような母の声に適当に答え、扉を閉める。

 制服のネクタイを緩め、鞄を放り投げるように床に置くと、優真はそのままベッドに倒れ込んだ。

 天井を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。

 カーテンの隙間から入り込むオレンジ色の光が、部屋の壁を静かに染めていた。

 「はぁーー……」

 張り詰めていた感情を解き放つように思い切り息をつく。

 今日、麗衣はちゃんと笑っていた。

 話も聞き、明らかに状況が改善されていく様子を感じ取れた。

 それがただ、嬉しかった。 

 ふと、優真は、手にしていたスマホの画面を開いた。

 特に目的があったわけじゃない。

 ただ、なんとなく。

 指先が無意識に開いたのは、とあるメッセージアプリ。

 最後のやり取りが表示されたまま、もう二年以上前から動かないトーク画面。 

 画面の最下部には、未読のまま浮かぶ吹き出しがひとつ。

 平日の午後四時。
 学校が終わった直後の時間帯だった。

 《優しいお兄ちゃんが、大好きだよ。言えなくてごめんね》

 既読をつけなくても見えてしまう。
 たった一行の、そのメッセージ。

 何度も見たはずなのに、心が追いつかない。

 優真はそっと目を閉じた。

 止まったままの画面が、まるであの日から時間が動いていないことを告げているようだった。

 スマホを伏せるようにして置くと、視線が自然と、デスクの奥にある小さな写真立てへと移った。

 「美羽」

 メッセージを書いたのは、妹の美羽だ。

 飾られた写真の中では、制服姿の美羽が、眩しそうに笑っていた。

 優真の腕に、ふざけたようにしがみついて。

 優真も、気恥ずかしそうに眉を寄せながら、それでも確かに笑っている。

 光の加減で、背景には少しだけ桜の花びらが映り込んでいた。