* * *

 同じ家から、一緒に登校した、あの日の朝。

 まだ誰もいない、静まり返った校舎に足を踏み入れた瞬間、麗衣はふと、不安そうな顔でこちらを見上げた。

 「優真、本当に一緒に来てくれる?」
 「うん。約束したじゃん。隣にいるよ」

 そう答えて、優真は彼女と並んで職員室へ向かった。

 「おはよう!あれ、麗衣さんその顔、どうしたの?」

 麗衣の頬の傷を見て驚いている担任の先生の前へ行き、麗衣は震える声を懸命に押し殺しながら、自分の言葉で事情を話した。

 その横で、優真はただ静かに立っていた。

 時折、麗衣の声がかすれ、目が潤みそうになる。

 そのたびに、彼女は無意識のように、傷の残る腕へと手を伸ばしかけていた。

 痛みで気持ちを支えようとしているみたいに——その指先が、そっと袖をめくりそうになる。

 優真は、その手をそっと包み込むように握った。

 驚いたようにこちらを見上げる麗衣に、優真は何も言わずに微笑んだ。

 力を込めようとする指先から、少しずつ力が抜けていくのを感じて安心する。

 やっとの思いで伝えた麗衣の言葉は、まっすぐ先生たちに届いた。

 その日のうちに、児童相談所の職員が学校に来てくれて、麗衣は、事情を話すために来賓室へと案内されることになった。

 「優真くんは、教室に戻ろうか。ありがとうね」

 担任の先生の言葉を聞き、麗衣が少しだけ不安そうにこちらを見上げる。

 優真はにこりと笑って、できるだけ明るく言った。

 「終わったら、また、一緒にアイス食べよう」

 その言葉に、麗衣は困ったように笑って、ゆっくりと頷いた。