* * *
休み時間。
ざわめきが少しだけ落ち着いた教室の中で、麗衣は窓際の席に座り、スマホの画面をじっと見つめていた。
表示されているのは、弟・蓮に関係する準備リスト。
図工で使う画用紙セット、保護者印のいる遠足のしおり、予防接種のアンケート……小さな予定が、スマホのメモアプリにぎっしり並んでいる。
(早く用意してあげなきゃ……)
小学三年生の蓮は、しっかりしているようでまだ甘えん坊。
母子家庭のわが家では、昔から麗衣が自然と“お姉ちゃん以上”の役割を担っていた。
ありがたいことに反抗期もまだ来ておらず、懐いてくれている蓮とは、仲良しの姉弟。
手がかかるとか、大変とか、そういうことはあんまり思わない。
でも、全部ちゃんとしていたい。
蓮に他の子と違うとは思わせたくない。
その気持ちだけは、いつも心にあった。
ぼーっとスクロールしていた指が、ある太字の一文の前で止まる。
「母の診断書コピー」
——市役所、と小さく書き添えられていた。
(あ……やば。今日中じゃん、これ)
蓮の医療費助成の申請書類。
病院に診断書を取りに行って、市役所に出す手続きをしなきゃいけない。
前にもやったことはあるからやること自体は問題ないけれど、平日の昼間に動けるタイミングを探すのが、いちばん悩ましい。
(午後は数学……腹痛って言えば抜けられるかな)
(放課後は病院閉まっちゃうし、明日だともう間に合わないし)
先生に正直に相談するのは、やっぱり勇気が出ない。
ほんの少し自分を責めるような気持ちが湧いたけど、すぐにその思考をかき消すように目を伏せた。
(……でも、こういうのは仕方ないよね。蓮のことだし)
小さく息を吐いて、スマホの電源を落とす。
「……大丈夫。蓮のためだもん。頑張れるよ、私」
誰にも聞かれないような声でつぶやくその一言は、まるで自分にかけるおまじないだった。
大丈夫って言えば、大丈夫になれる気がして。
言い慣れた言葉は、もはや呼吸のように当たり前になっていた。
その足元に——誰にも見えない、ほんの小さな花びらが、一枚。
ひとひら、静かに落ちていた。
休み時間。
ざわめきが少しだけ落ち着いた教室の中で、麗衣は窓際の席に座り、スマホの画面をじっと見つめていた。
表示されているのは、弟・蓮に関係する準備リスト。
図工で使う画用紙セット、保護者印のいる遠足のしおり、予防接種のアンケート……小さな予定が、スマホのメモアプリにぎっしり並んでいる。
(早く用意してあげなきゃ……)
小学三年生の蓮は、しっかりしているようでまだ甘えん坊。
母子家庭のわが家では、昔から麗衣が自然と“お姉ちゃん以上”の役割を担っていた。
ありがたいことに反抗期もまだ来ておらず、懐いてくれている蓮とは、仲良しの姉弟。
手がかかるとか、大変とか、そういうことはあんまり思わない。
でも、全部ちゃんとしていたい。
蓮に他の子と違うとは思わせたくない。
その気持ちだけは、いつも心にあった。
ぼーっとスクロールしていた指が、ある太字の一文の前で止まる。
「母の診断書コピー」
——市役所、と小さく書き添えられていた。
(あ……やば。今日中じゃん、これ)
蓮の医療費助成の申請書類。
病院に診断書を取りに行って、市役所に出す手続きをしなきゃいけない。
前にもやったことはあるからやること自体は問題ないけれど、平日の昼間に動けるタイミングを探すのが、いちばん悩ましい。
(午後は数学……腹痛って言えば抜けられるかな)
(放課後は病院閉まっちゃうし、明日だともう間に合わないし)
先生に正直に相談するのは、やっぱり勇気が出ない。
ほんの少し自分を責めるような気持ちが湧いたけど、すぐにその思考をかき消すように目を伏せた。
(……でも、こういうのは仕方ないよね。蓮のことだし)
小さく息を吐いて、スマホの電源を落とす。
「……大丈夫。蓮のためだもん。頑張れるよ、私」
誰にも聞かれないような声でつぶやくその一言は、まるで自分にかけるおまじないだった。
大丈夫って言えば、大丈夫になれる気がして。
言い慣れた言葉は、もはや呼吸のように当たり前になっていた。
その足元に——誰にも見えない、ほんの小さな花びらが、一枚。
ひとひら、静かに落ちていた。



