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 ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴ったあとも、教室はざわざわと落ち着く気配がなかった。

 夏休み直前。

 文化祭当日に向けた準備の話題で、あちこちのグループが勝手に会議を始めていた。

 「じゃあさ、夏休み中にコテージ借りて準備しようよ!」
 「え、泊まり!?めっちゃ楽しそうじゃん!」
 「昼間は装飾つくって、夜は花火とかバーベキューとかやりたい!」

 文化祭実行委員の数人が中心になって、テンション高く話を進めていく。

 教室の空気は、お祭りの始まりに近かった。

 麗衣は、その輪の中で、笑い声だけを聞いていた。

 夏の空気に満ちたその騒がしさが、どこか遠い世界のことのように感じられていた。

 「麗衣もさ、コテージ来れる?一緒に準備手伝ってくれると、めっちゃ助かるんだけど!」

 前の席から振り返った実行委員の子が、うれしそうに声をかけてくる。

 「え、あ……」

 一瞬、返事に詰まった。
 本当は、行きたかった。

 みんなと泊まり込みで過ごすなんて、まるで修学旅行の前夜みたいで、考えただけで胸が高鳴る。

 きっと夜まで笑い合って、準備なんだか遊びなんだかわからないまま、特別な夏の思い出になる。

 でも——私はいけない。

 「……ごめん。うち、そういうのちょっと難しくて」

 言った瞬間、教室の空気がすこしだけ揺れた気がした。

 「そっか、残念だけど……仕方ないね!」
 「うん、ごめんね!普通に行ける日は参加するから!」

 すぐに切り替えてくれたその子の笑顔に、救われたはずだった。

 けれど、胸の奥にひっかかるものは消えなかった。

 (私だって、本当は、行きたい)

 たったの2日、家を空けることすら叶わない現実が、じわじわと胸を締めつける。

 頭の中で、母のこと、弟のことがよぎった。

 ——どうして、私ばっかり。

 そんなこと、思いたくなかったのに。

 思った瞬間、ひどい人間になったような気がして、慌てて自分の感情を押し込めた。

 足元にはいつもの如く、見えない影が落ちる。

 同じ談笑の輪にいた、優真と目が合った。

 事情を知る優真に、この醜い心が見透かされているようで胸がざわつく。

 彼は、優しい目をしていた。

 何も言わないそのまなざしが、逆に胸を締め付けて、麗衣はすぐに目を逸らした。