* * *

 電話が切れてからほんの数分後、自転車のブレーキ音が聞こえ、すぐに裏に回る足音が聞こえてきた。

 「麗衣!」

 焦ったようなその声に顔を上げると、優真だった。

 くたっとしたロンTに、少しだけ砂ぼこりのついたスニーカー。

 髪が風に乱れていて、まだ息が整っていないまま——焦った表情の優真が、目の前に立っていた。

 「大丈夫?立てない……?」
 「うん……ちょっと、休んでただけ。大丈夫」

 そう答えながら笑顔をつくろうとしたけれど、口角はうまく上がらなかった。

 喉の奥が渇いて、言葉がつかえる。
 呼吸もどこか浅い。

 優真はそっと麗衣の前にしゃがみ込む。

 「ちょっと待ってて」

 そう言いながら、ふいに麗衣の頭に手を置き、コンビニへと入っていった。

 ——その後ろ姿が見えなくなった瞬間、心臓が一拍、大きく跳ねる。

 正直、えっ、と声が出そうになるくらい驚いていた。

 頭に触れられるなんて、誰かにこんなふうにされるなんて、いつ以来だろう。

 優真の手はとても軽くて、やさしかった。

 ただそっと置いただけの柔らかな手、それでも温度だけが残り熱くなる。

 数分もせず戻ってきた優真の手には、冷えたペットボトルの水が握られていた。

 「これ。冷たいの、買ってきた」

 そう言って、まだ開封されていないボトルを差し出してくる。

 麗衣が受け取ろうとすると、優真はキャップをくるりと回し、静かに開けてから手渡してきた。

 その動作が、とても丁寧で、やさしくて——ほんの少し、心の奥が苦しくなった。

 「……ありがとう」

 両手でボトルを包みこむように持ち、その冷たさと、優真の気持ちをゆっくりと感じていた。