* * *

 蓮が熱を出したあの週から、季節は少しずつ進んでいた。

 気づけば六月も下旬。

 空気の湿度と蝉の前触れが、じんわり肌にまとわりついてくる。

 バイト終わりにコンビニの裏口から出ると、空はまだほんのりと明るさを残していた。

 ビルの隙間から見える夕暮れの空には、かすかに星がひとつだけ浮かび始めていて、シャツの袖口からすべり込む風は、昼間の熱を少しだけ冷ましたような優しさをまとっていた。

 麗衣は、駐輪場の自転車に手をかけたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 ふくらはぎにじんわりとした重だるさが残っている。

 「早く帰らなきゃ……蓮が待ってる……」

 そう思っているのに、足が動かなかった。

 昼間の暑さが残る空気に包まれて、体の芯がじわじわとだるくなる。

 (今日は、ちょっと無理しすぎたかも……)

 すぐに自転車に乗るつもりだったのに、視界がかすんだ。

 少し前から感じていた頭の重さが、ここにきて一気に押し寄せてくる。

 (……やだな、なんかクラクラする)

 膝がぐらつくような感覚に思わずしゃがみこむ。

 背中に汗が張りついて、汗ばむ皮膚がいつもより妙に冷たかった。

 次の瞬間、視界がふっと揺れ、スマホが手から滑り落ちた。

 硬いアスファルトに当たって、小さく振動する。

 画面に浮かんでいたのは、優真の名前だった。

 《今日もバイト?無理してない?》

 それだけの短いメッセージ。

 でも、それだけで、麗衣の中に何かがにじんでくる。

 ——母のことを話してから、優真には少しずつ事情を伝えるようになっていた。

 「頼っていいよ」と、それどころか「何か手伝わせてほしい」と何度も伝えてくれるその言葉に、少しずつ甘え方を覚えてきた。

 麗衣は迷いながら、勇気を振り絞って、着信ボタンを押した。

 「はい。どうかした?……麗衣?」

 数コールで出てくれた優真の声に驚くほど安心して、体の力が抜ける。

 「……優真?」

 出した声は、信じられないほどかすれていた。

 隠そうとしても、しんどさはにじみ出てしまう。
 優真はすぐに、その声の異変に気づいたようだった。

 「麗衣、いまどこ?」
 「……バイト、終わったとこ」
 「わかった。そのまま動かないで?」

 それだけを確認すると、通話はすっと切れた。