朝の光が、まだ固いつぼみをつけた桜の枝を透かして差し込んでいる。
 淡く揺れる影が、アスファルトにぼんやりとにじんでいた。

 高校2年生の白石麗衣は、制服の袖を整えながら、通学路を歩く。

 スカートの裾を撫でる手が、そのまま自然と耳のあたりの髪に触れた。
 触れたことにも気づかないほど、それは癖のように身体に染みついていた。

 少し冷たい春風が吹き抜ける。
 肩をすくめかけたとき、背後から弾む声がした。

 「おはよー麗衣!ねえ見て、前髪ちょっと巻いたの気づいた?」

 自転車を押しながらやってきたのは、同じクラスの咲良。
 去年に引き続き同じクラスになった咲良とは、クラスでも一緒にいることの多い親しい友達だった。

 麗衣は振り返り、ほんのわずかに間を置いて笑顔を向けた。

 「おはよう。気付いたよ!可愛いと思った!」
 「ありがと~~!てかさ、昨日のドラマ見た?やばくない?」
 「あ、見れてないや!どうだった?」

 そんなふうに話が盛り上がっている間も、麗衣は自然に、相づちのテンポや笑うタイミングを合わせていく。
 並んで歩きながら、時折そっとスカートの裾を整える。

 前髪の隙間から覗くこげ茶色の瞳に、透けるように白い肌。
 どこか儚げな印象を与えるらしいこの容姿は、地味で平凡なものだけれど、時折「可愛い」と言われることがあるのは、たぶんこの笑顔のおかげだと思っている。

 春の空気はやわらかくて、でも少し芯に冷たさを残していた。

 どこまでも優しい四月の朝。
 そんな景色の中で、ふたりの笑い声が軽やかに揺れた。