* * *

 そんなある日の昼休み。

 教室の空気がいつもより少し暑苦しく感じて、窓際の席にひとりで座っていた時だった。

 「麗衣。今日さ、体育あるでしょ?暑いし、体調悪いなら無理すんなよ」

 ふいに頭上から声がかかる。
 その声の主が優真ということは顔を上げなくても分かる。

 顔を見ることなく俯いたまま、私は小さく息を吐き出した。
 今は、少しだけ見たくない顔だった。

 ——まただ、と思った。

 その声はやさしい。

 やさしいだけなのに、悪気なんて一切ないはずなのに、どうしてこんなに心がざわつくのか、自分でもうまく説明できなかった。

 なんで、そこまで構ってくるの。
 そっとしておいてくれたらいいのに。

 「……ねえ」

 思わず、言葉がこぼれた。

 やばい、と頭で思ったときにはもう遅くて、止められなかった。

 自分が、どんな声を出しているのかさえわからなかった。

 「わたし、そんなに具合悪そうかな」
 「え……」

 優真が戸惑った顔をする。

 その顔でさえ、責められているように見えて、自分を守るように強い言葉が止まらなかった。

 「そんなにダメに見える……?」

 (やめて。優真は、悪くない——)

 頭ではわかっているのに、感情は止められなかった。

 こんなふうに感情的に言葉をぶつけてしまうのは、初めてだった。

 「大丈夫って言ってるよね。何回も、ちゃんと。どうして、信じてくれないの……?」

 声が少しだけ震えた。

 「お節介、やめてよ……放っておいて。私は、ちゃんと、やってるのに!」

 言ってしまった。

 言った瞬間、教室の空気が一変したのがわかった。

 教室には数人しかいなかったけれど、静まり返った空気の中で、自分が注目を浴びていることが、肌で伝わってくる。

 冷静になればなるほど、胸に後悔が積もっていく。

 それはじわじわと広がって、息をするのも苦しいほどに変わっていった。

 優真は何も言わず、ほんの一拍だけ間を置いてから、視線をそっと落とした。

 「……ごめん。俺が、いろいろ言いすぎた」

 その声には、私を責める色がひとつもなかった。

 全ては自分が悪いとそう言うような、本当にそう思っていそうな雰囲気。

 だけどそれは、余計に私を苦しくさせた。
 胸の中で、罪悪感がどんどん膨らんでいく。

 「……ごめん。八つ当たり、しちゃった。本当にごめん……全部、私が悪いから。ちょっと、頭冷やしてくるね」

 言いながら、必死にいつもの笑顔をつくる。
 だけどその顔が歪んでいないかは、自分でもわからなかった。

 返事を聞く余裕もなく、私は勢いよく教室を飛び出した。

 早く、この場から逃げ出したかった。

 (なんで……あんな言い方、しちゃったんだろ)

 そう思っても、もう遅かった。