* * *
その日の昼休み。麗衣は、外のベンチでひとり、本を読んでいた。
今日はなんだか少しだけ、疲れていた。
教室の賑やかさに入り込む気になれなくて「ちょっと用事がある」と適当な言い訳を口にして抜け出してきた。
ページをめくるたび、紙が擦れる音が小さく響く。
その音に、息が落ち着いていくのを感じる。
自分の呼吸の輪郭が、ちゃんとそこにあるようで、家では作れない、こういう時間が、麗衣を落ち着かせてくれていた。
手にしていたのは、あの、嘘が目に見えるように落ちていくという、世界観の不思議な本。
どうしてかその内容が気になって、図書室でまた手に取って、そのまま借りてきてしまった。
ページをぼんやりと眺めていると、ふいにそっと隣に人の気配が差し込んだ。
顔を向ける前に、声がする。
「それ、また読んでたんだね」
顔を上げると、優真が目の前に立っていた。
「うん……なんか、気になっちゃって」
そう答えた声が、自分でも驚くほど柔らかかった。
外の風が肌をなでるたびに、緊張していた心が少しずつほどけていく気がした。
「……もしさ、本当に、そんな力があったら——」
優真の言葉が、途中でふっと途切れた。
なんとなくだけど、言葉を探しているのではなく、胸の奥から湧き上がる何かを、どう言葉にするか迷っているように見えた。
麗衣が視線を向けると、彼はごく小さく笑っていた。
でもその笑顔は、どこか痛みを帯びていた。
新緑の下に立つその姿が、明るいはずの光の中で、なぜか少しだけ遠く感じられる。
「誰かの嘘に気づけたら、その人のことを救えるのかな」
その言葉は、あまりに静かで、あまりにまっすぐだった。
ただの感想みたいな顔をしているのに、胸の奥から出てきたものだというのがわかってしまう。
「……もし、見える人がいるなら、その人には……救う役目があるんじゃないかって。俺、思うんだよね」
優真はそう言って、また空を見上げた。
葉の影が揺れるたび、陽の光が地面にまだらな模様を描く。
優真の横顔には、強い思いと、胸が痛むようなやさしさが混ざっていた。
麗衣は、本のページをぎゅっと握ったまま、何も言えなかった。
なにかを返そうとしたのに、喉の奥から言葉が消えていく。
でも、たしかに今、彼の声が胸の奥に届いていた。
どうしてそんなふうに言えるのかも、なぜそんな目をするのかも、わからなかったけれど——ただ、息をするのも忘れるくらい、心が揺れていた。
その日の昼休み。麗衣は、外のベンチでひとり、本を読んでいた。
今日はなんだか少しだけ、疲れていた。
教室の賑やかさに入り込む気になれなくて「ちょっと用事がある」と適当な言い訳を口にして抜け出してきた。
ページをめくるたび、紙が擦れる音が小さく響く。
その音に、息が落ち着いていくのを感じる。
自分の呼吸の輪郭が、ちゃんとそこにあるようで、家では作れない、こういう時間が、麗衣を落ち着かせてくれていた。
手にしていたのは、あの、嘘が目に見えるように落ちていくという、世界観の不思議な本。
どうしてかその内容が気になって、図書室でまた手に取って、そのまま借りてきてしまった。
ページをぼんやりと眺めていると、ふいにそっと隣に人の気配が差し込んだ。
顔を向ける前に、声がする。
「それ、また読んでたんだね」
顔を上げると、優真が目の前に立っていた。
「うん……なんか、気になっちゃって」
そう答えた声が、自分でも驚くほど柔らかかった。
外の風が肌をなでるたびに、緊張していた心が少しずつほどけていく気がした。
「……もしさ、本当に、そんな力があったら——」
優真の言葉が、途中でふっと途切れた。
なんとなくだけど、言葉を探しているのではなく、胸の奥から湧き上がる何かを、どう言葉にするか迷っているように見えた。
麗衣が視線を向けると、彼はごく小さく笑っていた。
でもその笑顔は、どこか痛みを帯びていた。
新緑の下に立つその姿が、明るいはずの光の中で、なぜか少しだけ遠く感じられる。
「誰かの嘘に気づけたら、その人のことを救えるのかな」
その言葉は、あまりに静かで、あまりにまっすぐだった。
ただの感想みたいな顔をしているのに、胸の奥から出てきたものだというのがわかってしまう。
「……もし、見える人がいるなら、その人には……救う役目があるんじゃないかって。俺、思うんだよね」
優真はそう言って、また空を見上げた。
葉の影が揺れるたび、陽の光が地面にまだらな模様を描く。
優真の横顔には、強い思いと、胸が痛むようなやさしさが混ざっていた。
麗衣は、本のページをぎゅっと握ったまま、何も言えなかった。
なにかを返そうとしたのに、喉の奥から言葉が消えていく。
でも、たしかに今、彼の声が胸の奥に届いていた。
どうしてそんなふうに言えるのかも、なぜそんな目をするのかも、わからなかったけれど——ただ、息をするのも忘れるくらい、心が揺れていた。



