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 その日の昼休み。麗衣は、外のベンチでひとり、本を読んでいた。

 今日はなんだか少しだけ、疲れていた。

 教室の賑やかさに入り込む気になれなくて「ちょっと用事がある」と適当な言い訳を口にして抜け出してきた。

 ページをめくるたび、紙が擦れる音が小さく響く。

 その音に、息が落ち着いていくのを感じる。

 自分の呼吸の輪郭が、ちゃんとそこにあるようで、家では作れない、こういう時間が、麗衣を落ち着かせてくれていた。

 手にしていたのは、あの、嘘が目に見えるように落ちていくという、世界観の不思議な本。

 どうしてかその内容が気になって、図書室でまた手に取って、そのまま借りてきてしまった。

 ページをぼんやりと眺めていると、ふいにそっと隣に人の気配が差し込んだ。

 顔を向ける前に、声がする。

 「それ、また読んでたんだね」

 顔を上げると、優真が目の前に立っていた。

 「うん……なんか、気になっちゃって」

 そう答えた声が、自分でも驚くほど柔らかかった。

 外の風が肌をなでるたびに、緊張していた心が少しずつほどけていく気がした。

 「……もしさ、本当に、そんな力があったら——」

 優真の言葉が、途中でふっと途切れた。

 なんとなくだけど、言葉を探しているのではなく、胸の奥から湧き上がる何かを、どう言葉にするか迷っているように見えた。

 麗衣が視線を向けると、彼はごく小さく笑っていた。
 でもその笑顔は、どこか痛みを帯びていた。

 新緑の下に立つその姿が、明るいはずの光の中で、なぜか少しだけ遠く感じられる。

 「誰かの嘘に気づけたら、その人のことを救えるのかな」

 その言葉は、あまりに静かで、あまりにまっすぐだった。
 ただの感想みたいな顔をしているのに、胸の奥から出てきたものだというのがわかってしまう。

 「……もし、見える人がいるなら、その人には……救う役目があるんじゃないかって。俺、思うんだよね」

 優真はそう言って、また空を見上げた。

 葉の影が揺れるたび、陽の光が地面にまだらな模様を描く。

 優真の横顔には、強い思いと、胸が痛むようなやさしさが混ざっていた。

 麗衣は、本のページをぎゅっと握ったまま、何も言えなかった。

 なにかを返そうとしたのに、喉の奥から言葉が消えていく。

 でも、たしかに今、彼の声が胸の奥に届いていた。

 どうしてそんなふうに言えるのかも、なぜそんな目をするのかも、わからなかったけれど——ただ、息をするのも忘れるくらい、心が揺れていた。