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 19時を少し回った頃、麗衣はエプロンを外してロッカーに放り込み、足早に自転車置き場へ向かった。

 街灯が灯り始めた坂道を、制服のまま自転車で駆け下りる。
 空気は昼間よりずっと冷えていて、頬にあたる風がぴりりと痛い。

 (蓮、お腹すかせてるよね……)

 家で待つ弟のことを思うと、自然とペダルを漕ぐ足に力がこもる。

 父親がいなくなり、母はふさぎ込む日が増えた。

 腐ってもおかしくない環境の中で、蓮だけはまっすぐに育ってくれていた。
 いつも、リビングでひとり、宿題を広げながら、私の帰りを待ってくれている。

 その健気な姿を思い浮かべるだけで、胸がぎゅっとなる。

 でも、家路を急ぐ理由はそれだけじゃなかった。

 胸の奥には、今日の昼、優真がくれたひと口の煮物の味が、まだ静かに残っていた。

 ——だから、その記憶ごとその優しさを蓮にお裾分けできるように持って帰りたかった。