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 ピークの時間帯を過ぎたコンビニには、少しだけ静けさが戻っていた。
 客足が落ち着いた店内には、冷蔵ケースの低い唸りと、BGMがぽつぽつと空気ににじんでいる。

 制服のままレジカウンターを拭いていた麗衣は、ふうっと小さく息を吐いた。

 夕方の混雑は、まだちょっとだけ緊張する。
 けれど、慣れてきた手つきで清掃用の布を畳み、棚をひと通り目視で確認する頃には、気持ちも少しだけ緩んでいた。

 (……もう時間か。3時間って、ほんとあっという間)

 麗衣は、平日は週に二日、休日にもコンビニでバイトをしている。

 母の障害年金と、父方の祖父母からの仕送りだけでは、三人分の暮らしをまかなうにはどうしたって足りなかった。

 特に、蓮が小学三年生に上がってからは、遠足や学用品、給食費の集金が重なるたびに、家計簿を前に深いため息をつくようになった。

 ——だから、せめて自分にできることを。

 そう思って、休日だけだったシフトを、少しずつ平日にも広げた。

 「麗衣ちゃん、今日は何持って帰る?」

 店長の声に顔を上げると、レジ裏のケースに今日もぎゅうぎゅうに詰まった見切り品たちが並んでいた。

 焼きそば、唐揚げ弁当、サンドイッチ。

 どれも値引きシールが貼られていて、蓮と母の分もふくめて、いつも3つまで選ばせてもらっている。

 「今日も選び放題ですか?」
 「いいよ〜。麗衣ちゃん働き者だから特別ね!」

 軽く笑いながらそう言ってくれる店長に、心から救われる日もある。

 遠慮しすぎないように、でも厚かましくならないように——バランスを取りながら、ケースの中を眺める。
 その中に、小さな煮物の惣菜パックがあった。

 見るだけでふっと思い出す。

 ——「これ、よかったらちょっと食べてみて?」

 優真が差し出してくれた、にんじんと厚揚げの煮物。

 あの一口のやさしい甘さは、あたたかいというより、どこかくすぐったくて、少しこそばゆかった。

 まるで、「気づいてるよ」と黙って言われているみたいな。

 あたたかさの中に、なにかが溶けて混ざっていて、それを飲み込むのに少しだけ勇気がいる——そんな味だった。

 (……苦手、なんだけどな。ああいうの)

 でも、たしかにおいしかった。
 心にまで、沁みてきた。

 「店長、あの……今日、お惣菜も買っていこうかな」
 「あら、どうしたの?好きなのあった?」
 「ちょっと、煮物……が、食べたくなって」

 そう答えて、煮物のパックを手に取る。

 煮物のラベル越しに、あのときのひと口を思い出す。
 見透かされるのは苦手だけど、あの味はたしかに背中をあたためてくれた。

 ——あんな味がそばにあるのは、少しだけ心強い。

 やわらかく煮えた野菜みたいに、自分ももう少し、誰かの優しさにほぐれていけたら。

 そんなことを思いながら、麗衣は静かに微笑んだ。