* * *
ピークの時間帯を過ぎたコンビニには、少しだけ静けさが戻っていた。
客足が落ち着いた店内には、冷蔵ケースの低い唸りと、BGMがぽつぽつと空気ににじんでいる。
制服のままレジカウンターを拭いていた麗衣は、ふうっと小さく息を吐いた。
夕方の混雑は、まだちょっとだけ緊張する。
けれど、慣れてきた手つきで清掃用の布を畳み、棚をひと通り目視で確認する頃には、気持ちも少しだけ緩んでいた。
(……もう時間か。3時間って、ほんとあっという間)
麗衣は、平日は週に二日、休日にもコンビニでバイトをしている。
母の障害年金と、父方の祖父母からの仕送りだけでは、三人分の暮らしをまかなうにはどうしたって足りなかった。
特に、蓮が小学三年生に上がってからは、遠足や学用品、給食費の集金が重なるたびに、家計簿を前に深いため息をつくようになった。
——だから、せめて自分にできることを。
そう思って、休日だけだったシフトを、少しずつ平日にも広げた。
「麗衣ちゃん、今日は何持って帰る?」
店長の声に顔を上げると、レジ裏のケースに今日もぎゅうぎゅうに詰まった見切り品たちが並んでいた。
焼きそば、唐揚げ弁当、サンドイッチ。
どれも値引きシールが貼られていて、蓮と母の分もふくめて、いつも3つまで選ばせてもらっている。
「今日も選び放題ですか?」
「いいよ〜。麗衣ちゃん働き者だから特別ね!」
軽く笑いながらそう言ってくれる店長に、心から救われる日もある。
遠慮しすぎないように、でも厚かましくならないように——バランスを取りながら、ケースの中を眺める。
その中に、小さな煮物の惣菜パックがあった。
見るだけでふっと思い出す。
——「これ、よかったらちょっと食べてみて?」
優真が差し出してくれた、にんじんと厚揚げの煮物。
あの一口のやさしい甘さは、あたたかいというより、どこかくすぐったくて、少しこそばゆかった。
まるで、「気づいてるよ」と黙って言われているみたいな。
あたたかさの中に、なにかが溶けて混ざっていて、それを飲み込むのに少しだけ勇気がいる——そんな味だった。
(……苦手、なんだけどな。ああいうの)
でも、たしかにおいしかった。
心にまで、沁みてきた。
「店長、あの……今日、お惣菜も買っていこうかな」
「あら、どうしたの?好きなのあった?」
「ちょっと、煮物……が、食べたくなって」
そう答えて、煮物のパックを手に取る。
煮物のラベル越しに、あのときのひと口を思い出す。
見透かされるのは苦手だけど、あの味はたしかに背中をあたためてくれた。
——あんな味がそばにあるのは、少しだけ心強い。
やわらかく煮えた野菜みたいに、自分ももう少し、誰かの優しさにほぐれていけたら。
そんなことを思いながら、麗衣は静かに微笑んだ。
ピークの時間帯を過ぎたコンビニには、少しだけ静けさが戻っていた。
客足が落ち着いた店内には、冷蔵ケースの低い唸りと、BGMがぽつぽつと空気ににじんでいる。
制服のままレジカウンターを拭いていた麗衣は、ふうっと小さく息を吐いた。
夕方の混雑は、まだちょっとだけ緊張する。
けれど、慣れてきた手つきで清掃用の布を畳み、棚をひと通り目視で確認する頃には、気持ちも少しだけ緩んでいた。
(……もう時間か。3時間って、ほんとあっという間)
麗衣は、平日は週に二日、休日にもコンビニでバイトをしている。
母の障害年金と、父方の祖父母からの仕送りだけでは、三人分の暮らしをまかなうにはどうしたって足りなかった。
特に、蓮が小学三年生に上がってからは、遠足や学用品、給食費の集金が重なるたびに、家計簿を前に深いため息をつくようになった。
——だから、せめて自分にできることを。
そう思って、休日だけだったシフトを、少しずつ平日にも広げた。
「麗衣ちゃん、今日は何持って帰る?」
店長の声に顔を上げると、レジ裏のケースに今日もぎゅうぎゅうに詰まった見切り品たちが並んでいた。
焼きそば、唐揚げ弁当、サンドイッチ。
どれも値引きシールが貼られていて、蓮と母の分もふくめて、いつも3つまで選ばせてもらっている。
「今日も選び放題ですか?」
「いいよ〜。麗衣ちゃん働き者だから特別ね!」
軽く笑いながらそう言ってくれる店長に、心から救われる日もある。
遠慮しすぎないように、でも厚かましくならないように——バランスを取りながら、ケースの中を眺める。
その中に、小さな煮物の惣菜パックがあった。
見るだけでふっと思い出す。
——「これ、よかったらちょっと食べてみて?」
優真が差し出してくれた、にんじんと厚揚げの煮物。
あの一口のやさしい甘さは、あたたかいというより、どこかくすぐったくて、少しこそばゆかった。
まるで、「気づいてるよ」と黙って言われているみたいな。
あたたかさの中に、なにかが溶けて混ざっていて、それを飲み込むのに少しだけ勇気がいる——そんな味だった。
(……苦手、なんだけどな。ああいうの)
でも、たしかにおいしかった。
心にまで、沁みてきた。
「店長、あの……今日、お惣菜も買っていこうかな」
「あら、どうしたの?好きなのあった?」
「ちょっと、煮物……が、食べたくなって」
そう答えて、煮物のパックを手に取る。
煮物のラベル越しに、あのときのひと口を思い出す。
見透かされるのは苦手だけど、あの味はたしかに背中をあたためてくれた。
——あんな味がそばにあるのは、少しだけ心強い。
やわらかく煮えた野菜みたいに、自分ももう少し、誰かの優しさにほぐれていけたら。
そんなことを思いながら、麗衣は静かに微笑んだ。



