虹音は学校を休むようになった。彼女の王国は崩壊し、かつての憧れの視線は好奇心と嘲笑に変わった。アウグストは転校したとされ、和虹の姿は学園から消えた。だが、虹音の心にはアウグストの言葉が刻み込まれていた。
「お前のレズは幻想だ」

彼女は夜な夜な悪夢にうなされ、和虹の笑顔とアウグストの冷たい目が交錯する。自分の愛が偽りだったのか、自分自身が偽りだったのか、彼女は答えを見つけられなかった。
ある日、虹音は旧校舎の屋上に立った。そこはかつて和虹と傘を分け合った場所だ。彼女は煙草をくわえ、火をつけなかった。風が桜の花びらを運び、虹音の足元に散らした。

「俺は…何だったんだ?」

彼女の声は風に消えた。虹音は自分のアイデンティティを、青春を、すべてを失ったような気がした。だが、その奥底で、かすかな反抗の炎がくすぶっていた。
シャワー室で肌を擦りむくまで洗っても、アウグストの指紋が皮膚に焼き付いている気がした。湯船に沈めば、美術室で溢れた体液がまた腿間を伝う幻覚に襲われる。
夜の校舎で聞こえるのは、あの日の絵の具チューブが踏み潰される音だ。パステルカラーの夢は全て、黒い油絵の具で塗りつぶされていく。和虹が残した消しゴムのカスさえ、今はアウグストの歯型に見える。