校庭の桜は満開だった。春の陽光が花びらを透かし、虹音の黒いブレザーに淡いピンクの影を落とす。彼女は学園の隅、誰もいない旧校舎の裏で煙草をくわえ、紫煙を吐き出した。男装の制服、短く切り揃えた黒髪、鋭い目つき――虹音は学園の「王子様」として君臨していた。女子生徒の憧れの的であり、特にレズビアンであることを公言して以来、彼女の周りには熱っぽい視線が集まるようになった。
「虹音先輩、カッコいい.....」

後輩たちの囁きが風に乗って聞こえてくる。虹音は軽く笑みを浮かべ、煙草を地面に擦りつけて消した。彼女にとって、この学園は自分の王国だった。誰も彼女の本当の心――孤独と脆さ――を知らない。
そんな虹音の王国に、ある日、ひとつの異物が紛れ込んだ。転校生、和虹。彼女の登場は、虹音の完璧な世界を静かに揺らし、やがてそれを粉々に砕くことになる。