「うーぁ、溶けるぅ……」
 学校からの帰り道、恵留は下敷きで首元を扇ぎながら唸った。今日は職員会議のため、授業は五時間で終わった。そこまでは良いのだが、この時間帯は特に陽が高く、気温が暴力的に上昇していた。更に付け加えると、雲一つない晴天でアスファルトからの照り返しが異常に強い。ワイシャツは肌にべったりとくっつき、剥がしても直ぐまたぴったり張り付いて気持ちが悪い。いっそ、全部脱いでしまいたい気分だった。
「元季ぃ、生きてる?」
もともと口数の少ない元季に至っては、今日は特に静かだった。熱中症にでもなって倒れているかもしれないと、恵留は何度も彼の方へ何度も視線を投げるほどだ。
「……大丈夫」
「うわぁ、大丈夫そうじゃないなぁ……」
 大きなモサモサ頭をゆっくり揺らして歩く様子は、かなり心配だ。
「平気。でも、少し喉渇いた」
「じゃあ、コンビニ寄ろう。俺、今すごーく炭酸飲みたいっ!」
「賛成。俺、アイス」
 まだ距離はあるが、二人の視線の先にはコンビニの看板が見えている。あのコンビニを通り過ぎれば駅までもう少しだ。喉を通り過ぎる冷たい飲み物とアイスを想像した途端に二人の足取りが軽くなる。ゴクリと唾を飲み込んで、二人はきびきびと歩いた。



 コンビニは天国だった。自動ドアが開いた瞬間、じっとりとした身体中の汗が一瞬で消えた。ひんやりとした冷気が、火照った身体を包む。背負っていた鞄さえも軽くなるような錯覚さえ起きた。
「ふぁぁ、生き返るっ!」
「涼しい……っ」
 二人は気持ちよさそうに冷気を受けながら、目的の商品棚へと進んでいく。恵留は飲料水、元季はアイスケースだ。恵留はそこから冷えているレモンスカッシュのペットボトルを取り出し、レジへと並んだ。並んでいる列は途中、アイスケースの中身と睨めっこしている元季のすぐ後ろに回った。
「良いのあった?」
「ウーーン」
 元季は新作アイスと定番アイスを見比べて唸る。両方を買うほど今日の手持ちは少ないらしい。悩む彼の横で順番を待っていると、恵留の会計の番が回ってきた。レジに小銭を払い、商品を受け取って後ろを向けば、アイスケースで唸り声をあげていた元季はおらず、とっくに横のレジで会計をしていた。恵留は先に店を出た。冷たい空気と離れるのは名残惜しい。ドアが開いた瞬間に顔に当たる熱風が更にその気持ちを増長させた。
「お待たせ」
 元季はコンビニから出るや否や、アイスの包みを開け、コンビニの外に設置されたゴミ箱にそれを入れた。
「結局何買ったの?」
「これ」
 そう言って見せたのは、夏になると店に並ぶスイカのアイスだった。
「大は小を兼ねるからな」
「あはは。確かに他と比べたらそれ、大きいよね」
 恵留は元季らしいなぁ、と言って自分も購入したペットボトルの封を切った。プシュ、と微量の炭酸が抜ける音をさせ、蓋を開ける。口にしたレモンスカッシュは喉の渇きを一気にかき消した。
「ぷはーー!うまぁっ」
「おっさんかよ」
「だってだって、すごく喉渇いてたんだもん」
 もう一口含み、ゴクリと喉を鳴らす。酸味と甘味が体に染みて、目まで覚める勢いだ。
「俺も飲み物買えばよかった」
「あー、アイスだもんね。食べ終えたら買ってくる?」
 しかし、元季は首を横に振った。
「いい。電車乗ったらすぐ家だから。早く帰ろう」
「うん」
 二人は再び駅へと向かい始めた。



「……どうしたの?」
 既に食べ切ったアイスの棒を咥えながら、元季は自販機をじっと見つめた。同時に電車がホームに入るというアナウンスが鳴り響く。
「あ、やっぱり。喉渇いたんだ?」
 だからさっき買えば良かったのに。呆れた目を恵留は元季に向ける。もう電車は既に見え、こちらの方へ近づいていた。
「タイミング最悪……」
「本当。仕方ないから俺のあげるよ、少し温いかもしれないけど」
 電車へ乗り込む列に並びながら、恵留は鞄からレモンスカッシュのペットボトルを取り出した。まだほんのり冷たさが残るそれは、半分以上飲み終えている。
「……良いのか?」
「うん。それっぽっちだし、全部飲んで良いよ?」
「……さんきゅ」
 元季は一瞬固まったが、ペットボトルを受け取った。ホームに電車が停まり、二人は中へと乗り込んだ。コンビニと同じく冷房でひんやりとした空気が身体に纏わりつき、べったりとした汗がまた一気に消えていく。まだ帰宅ラッシュのピークではなかったため、座席は疎に空いていた。端の席に並んで座ると、元季はペットボトルを開けた。しかし、すぐには口を付けない。その様子を見た恵留は元季の顔を覗き込んだ。
「どうした?気分でも悪い?」
 熱中症にでもなったのかと不安になり、声をかけた。だが、元季は「なんでもない」と一言言って、残りのレモンスカッシュを一気に飲み込んだ。
「大丈夫?」
 明らかにおかしいと思い、恵留はもう一度元季の顔色を見た。特段おかしなところは無さそうなのが、より不安を煽る。
 熱中症って突然倒れるとか聞くし……。
「大丈夫」
「本当に?俺、家まで送ろうか?」
 恵留の不安そうな申し出に、元季は「いいって」と強く答えた。
「ただ、その……間接キスだなぁって」
「………………………は?」
 電車の揺れる走行音が車内に響く。他の乗客はスマホや居眠りをしていた。
「なっ、何言っ」
「だから、間接キスだなぁって。そう思ったらなんか飲みにくくて。まぁ、飲めちゃったんだけど…………ん、メグ?」
 真っ赤な顔で自分を見上げる恵留を、元季はまじまじと見つめる。
「え、大丈夫か?熱中症……?ごめん、飲み物俺が全部飲んじゃったから」
「そ、そうじゃないっ!」
「メグ、電車では静かに」
「元季が変なこと言うからだろっ!」
 恵留は抱いていた鞄に顔を突っ伏すと、しばらく顔を上げなかった。