ついさっきまで静かだった校庭が賑わい出す。新入生を入れた部活動が本格的に再開し、元気のいい返事が教室までこだまする。そんな彼らを恵留は退屈そうに教室の窓の手摺りに顎を乗せ、眺めていた。校庭のトラックを何周も走る彼らを見て、もう直ぐ、体育祭だなぁと憂鬱な溜息が漏れる。恵留は運動が苦手で、超が付くほどインドアだ。自分の出場する競技を決める際も、どこに出れば迷惑がかからない等、考えることで手一杯になる。まだクラスも変わって間もないというのに、責任が伴うような行事を春先に持ってくるという学校を恨むレベルだ。来週あたりには競技決めが始まるだろう。
「……やだなぁ」
恵留は大きなあくびをし、窓際の机の椅子を引いた。床と椅子の擦れる音が教室に響く。頬杖をついて、黒板の上に掛けられている時計を見上げた。
もう少しかな。
ぐっと身体を伸ばし、机にだらりと身体を預ける。
あ、いい匂い……。
陽の光を浴びた机は太陽の香りがした。くん、と鼻を鳴らして吸い込むと、瞼がとろんと落ちる。頬に陽が当たり、ほんのりとした温かさが気持ちが良い。恵留はゆっくり目を瞑った。
少しだけ……。元季が、戻ってくるまで……。
掃除当番を終え教室に荷物を取りに戻ると、窓際の席で恵留が寝ているのが元季の目に入った。同じく掃除当番だったクラスメイト二人は、荷物を持つと部活動へと忙しそうに向かっていったため、恵留には目もくれない。バタバタと結構な音を立てて出て行ったが、恵留はピクリとも動かず、くうくうと気持ち良さそうな寝息を立てている。
「先、帰んなかったの?」
机の前に立ち、元季は恵留に声をかけた。当番の三人は掃除の後、ゴミを捨てたその足で玄関に届いた教材を準備室へ運ぶよう先生から頼み事をされていた。遅くなることは確かだったため、先に帰っても良いと伝えていたのだがこの結果である。待っていたのかと、そう聞いておきながらきっと待っているだろうと踏んで、購買部横の自販機でホットココアの缶を二人分購入していた。しかし、返ってくるのは先程同様に気持ち良さそうな寝息だけだ。
「……おーい」
返事を返して貰えない元季は溜息を漏らすが、恵留の寝顔を見て笑みを零す。
「メグ、風邪引くぞ」
手を伸ばし、栗色の髪を指先で梳かした。指の間に柔らかい髪が滑り、名残惜しそうに毛先を離す。
「……んん……」
眉を寄せ、くすぐったそうに身動ぐ恵留に吹き出すが、恵留は目を覚まそうとはしない。目を細めた元季は手前の椅子を引き、腰を下ろした。
「……後、五分だけだからな」
「ん、んん……よく寝たぁ……あれ」
恵留は大きく伸びをし、ゆっくりと目を開けた。視界が霞み、目を擦りながら伸びをすると、目の前には腕を組んで大きな黒い頭をこっくりと揺らし、舟を漕いでいる元季がいた。窓の外はもう陽も沈み、空は暗い。二人してだいぶ寝こけたようだった。
「あちゃー……寝過ぎだよ、俺たち」
窓の外で活動をしていた部活動も、もう片付けの時間帯に差し掛かる。時計を見上げれば、最終下校の時間ももうすぐだ。小さな声で恵留が「早く帰らないと」と呟くと、それに答えるように「んにゃ」と元季が小さく口を動かし返事をした。その姿に恵留の頬が緩んだ。
「ふふふっ」
「……ん、メグ」
「あ、起きた。おはよ」
「…………メグも、おはよ」
「ごめん、俺が寝ちゃってたから」
「いや、掃除待たせたよな」
「そんなに待ってないって。俺寝ちゃったから体感0分だし」
「……んじゃ、お詫びのココアは要らない?」
「え、買ってくれたの?」
元季は頷くと、座っていた机の上に置きっ放しにしたホットココアの缶を恵留に渡した。
「って……あははは!もうぬるいじゃんっ」
「俺も寝たからね」
「ふふふ。ありがと、これ家でレンチンしてから飲む」
「缶ごと入れるなよ」
「そんなせっかちじゃないっつーの!」



